24 レイナさんの探し人

「申し訳ございません。下がっていろと言われていたのに……」


 わたしはしゃがみこんだままそうつぶやいた。

 また勝手なことをしてしまった。

 またクロード様に失望されやしなかっただろうか。


「良い。あのままでいたらたしかに俺はとんでもないことをしでかしていただろうからな」

「クロード様……」


 見上げると、クロード様はご自分の右腕に装着した黒い義肢を見下ろされていた。


「それにこれは、使いはじめの頃に感情を高ぶらせすぎると中の回線がショートすることがあるのだろう?」

「はい。徐々に慣らしていったあとであれば大丈夫なのですが、今日は装着初日でしたので」

「そうか。配慮に感謝する」


 ぽつりとこぼされたその一言に、わたしは涙が出そうになった。

 喉の奥がぎゅっとなって、何も言えなくなってしまう。極度の緊張から解放されたのもあっただろうが、それでも許されたということがなによりも嬉しかった。


 わたしがそうしてひそかに感動していると、レイナさんがクロード様に話しかける。


「クロード様。あの、そちらの手配書ですが……」

「ああ、君も気になるか」

「ええ。本当に人相書き以外には何も情報は書かれてないんですの?」

あえて・・・隠してしてあるのだろうな。いったいどんな『大罪人』なのか」

「拝見しても?」


 そう言って、レイナさんはクロード様から手配書を受け取った。

 じっと紙面を見つめるレイナさん。しかし、その表情はすぐに一変した。


「そんな……」

「どうした?」

「この顔……右目の下の三つのほくろ……。まさか」

「どうしたんです? もしかして、レイナさんの知っている人ですか」


 わたしも気になって、おふたりの元へ行く。


「どうして。あの方は……もうわたくしの母と同じくらいの年のはず」

「レイナ?」

「ああ、すみませんクロード様。取り乱してしまいましたわ。でも、そんなはずないんです」

「そんなはず、って?」


 わたしは動揺しているレイナさんに訊く。


「アンジェラさん。わたくしには、ずっと探し続けていた人がいましたの。でも、その方はわたくしが幼い時に行方不明になってしまって……」

「行方不明?」

「ええ。母の親友だった方ですの。名をウルティコ・ケリーと言って、医療の国メディカルカントリーでは有名な薬学者でしたわ。でも、この人相書きは……」


 わたしはレイナさんが持っている手配書を横から覗き込んだ。

 そこには小柄な若い女性が描かれている。


「ちょっと待ってください。レイナさんのお母様の親友、でレイナさんが幼い頃に行方不明になったって……この方は今いったいいくつなんですか? ていうか、失礼ですけどレイナさんも今おいくつなんでしょうか」

「……」


 レイナさんはポッと頬を赤らめて答えられた。


「四十。不惑の年になりましたわ」

「ええええっ!? レイナさん、どこからどう見ても二十代前半くらいにしか見えませんよ!」

「そういうアンチエイジングの薬を飲んでますの」

「はあ……さすがは医療の国メディカルカントリーですね。それで、そのウルティコさんがいなくなったのはいつですか」

「わたくしが五歳の時ですわ。その時には母も彼女も同じ三十代だったはずです。でもその時よりこの人相書きは……」

「若いな」


 クロード様がそう言って、不可解そうに眉根を寄せられる。


「アンチエイジングの薬を開発したのは彼女でしたわ。そしてそれは、彼女が行方不明になる前の年に完成しました。彼女が自分で薬を改良していたとするのなら、より若返っていても不思議はありませんけれど……」

「なるほど、薬学者か。ならばそんなすごい薬を開発したと聞きつけて、石炭の国コールランドのやつらが自国の増強のために攫ったのかもしれんな。そしてなぜか今になって逃げられた――そんなところか」

「そんな……!」


 わたしはぎょっとして二人を見比べる。


「そのウルティコさんがこの手配書の人だったとして、どうして今になってこの蒸気の国スチームキングダムに逃げて来たんでしょうか? もしウルティコさんだったとしたら……ほ、保護しないといけないんじゃないですか?」

「それは、そうしたいですけれど……」


 わたしの意見にレイナさんは苦い表情を浮かべた。そして、クロード様の方を見る。


「保護したとて、すぐに隣国に引き渡さねばならなくなるだろうな。協定の通りにするならば」

「そんな……。な、なんとかならないんですか」


 レイナさんもクロード様も黙っている。

 わたしはなんだか悔しくなった。


「我が国が何もできないのは……仕方ないとして。でも、医療の国メディカルカントリーは? レイナさんの国だったら、どうにかできるんじゃありませんか?」

「そう、かもしれませんわね。蒸気の国スチームキングダムからわたくしの国に移送できればあるいは……」

「しかし妙だな」

「え?」


 クロード様が首をひねっている。


「たしかに、アンジェラの言う通り、なぜ医療の国メディカルカントリーではなく、蒸気の国スチームキングダムに逃げてきたのか。隣国から一番近いのが我が国だとしても、保護が目的ならここに留まるのは危険なはずだ」

「そうですわね……」

「それに、やつらがこのウルティコとやらを『大罪人』と言っていたのが気にかかる」


 わたしたちは多くの謎を抱えたまま、手配書の女性を見つめていた。

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