23 隣国の手配犯

「突然の訪問であったにもかかわらず、お目通りを許可していただきありがとうございます。私は石炭の国コールランドの外交官、ハロルド・ハーマンと申します」


 濃緑の軍服を着た灰色髪の男性は、そう言ってクロード様の前で深くお辞儀をした。

 しかし、クロード様は終始不愉快そうに眉根を寄せられている。


「……第一王位継承者のクロード・ボールドウィンだ。事が事ゆえ、父上ではなく俺が対応する。それで良いか?」

「はっ、警戒されてしかるべきことをしていると自覚しておりますので。第一王子のクロード殿下にだけでもお会いできたこと、感謝しております」

「感謝だと? これは重大な協定違反だ! 事と次第によっては、責任を深く追及させてもらうぞ」


 協定。

 それは戦争が終わった後に結ばれた、隣国との約束事だ。


 ひとつ、蒸気の国スチームキングダム石炭の国コールランドに毎月決まった品々や税を納めること。

 ひとつ、お互いの国に赴くときは誰であってもあらかじめ許可を得てから行くこと。

 ひとつ、相手国でトラブルを起こした場合はすぐに強制送還の措置をとり帰国させること。


 他にもこまごましたものがあるが、主にはこの三つだ。

 その二つ目の項目を、この人たちはあっさりと破っていた。


 クロード様はそのため、すわ奇襲かと思ったに違いない。

 そしていつでも戦闘に移ることができるように、立ったままその外交官の男性と相対していた。


 わたしも一応、レイナさんと一緒に部屋の隅へと退避している。

 他にも数人の衛兵ロボットたちが、警備のために部屋の中に展開していた。


「本当に、この件につきましては謝罪をするほかございません。とはいえ、こちらとしてもなにぶん急なことだったのです。我が国の長もこのことはしかと把握しております。ゆえに後々、なんらかの補償があるかと」

「前置きはいい。それで? いったい何の用件なんだ」

「はあ。ではまず……」


 外交官の男は胸元のポケットから一枚の紙を取り出す。

 そしてそれをクロード様へと手渡した。


「こちらをご覧ください」

「これは?」

「手配書です」

「手配書?」

「はい。先日とある人物が我が国を脱走しまして。それはその特徴を書いた人相書きとなっております」

「それはわかったが……なぜそれを俺に見せる?」

「実は、その人物がこの国に逃げおおせた可能性がありまして」

「何? こやつは……いったい何者なんだ。犯罪者か?」


 外交官はしばし迷うそぶりを見せたが、ゆっくりとうなづいた。


「ええ。そうですね。大罪人です。よって、今日だけ貴国は輸送船を受け入れるという日でしたので、少しばかり捜索をさせていただいておりました」

「そこだ。許可も無く、貴国の軍人が捜索活動をしていたなどと……。越権行為、事後報告にもほどがある!」

「すみません。『空港内であれば治外法権だ』ということを最大限利用させていただきました。あまり大事にしたくありませんでしたのでね……。ですが、その中では発見できずじまいでした。よってこうして最後の手段として協力をお願いに参ったのです」

「……協力」


 クロード様は強く握りしめていた手配書を広げ、その内容をもう一度つぶさにご覧になった。


「ここにはその者の名が無いが?」

「それはまだ名前がわかっていないからでございます」

「いったいどういった罪を犯したのだ? それも書かれていないが」

「その件につきましては、我が国の重大機密がからんでおりますので秘匿とさせていただいております」

「ふん……」


 クロード様は顔を上げられると、強いまなざしで石炭の国コールランドの外交官を見据えた。


「なんとも都合のいいことだな。だがそれは、我が国が敗戦国だからか。だからそういうことができるのだろうな」

「こちらは常に友好的な対応を心掛けております。その点をどうかご理解いただきたい。なお、本日限りで我々は捜索を打ち切ります。あとは蒸気の国スチームキングダムの警察に任せたいと思っているのですが……」

「わかった。捜査に協力するよう言っておこう」

「ありがとうございます」


 外交官が満足そうな笑みを浮かべる。

 一方、クロード様は何も情報を訊き出せなかったばかりか、良いように扱われていると屈辱を隠しきれないご様子だった。

 左腕と、右のファインセラミックス製の黒い義腕が小刻みに揺れている。


「ああ、それから」

「なんだ、まだ何かあるのか」

「ええ。この者を捕らえられましたならば、何も訊き出さず、速やかにこちらに引き渡していただけませんか?」

「もし、そうしなかったら?」

「敗戦国が重大な協定違反を犯したということで、なんらかの罰則が与えられるでしょうな。そのあたりよくよくご承知くださいませ」

「貴様……!」


 あまりにも無礼すぎる態度に、クロード様のお怒りは頂点に達されたようだった。

 低い声が一段と低くなり、周囲に恐ろしいほどの殺気が漂う。

 

 これはまずい。そう思ったわたしは、次の瞬間駆け出していた。


「く、クロード様。落ち着いてくださいませ。あまりご無理をなさいますと、新しい義肢が……」


 隣国の外交官との間に割り込み、わたしはクロード様の義腕を両手で押さえる。

 あまりにも感情が高ぶると皮膚の電気信号が活発化して、それを読み取る回線がショートすることがあるのだ。


 せっかく作った義肢が壊れるところを見たくない。

 そういう思いでわたしは行動したつもりだったが、本当はクロード様がこれ以上傷つくのを見たくないという思いからだった。


「アンジェラ、下がれ」

「ですが……」

「いいから下がれ。聞こえぬのか」


 クロード様が頭の上から威圧感を与えるような声でそう言ってきている。でも、わたしは引き下がらなかった。無言で義肢を支え続ける。


「ほう、義肢を新調なさったのですね。そちらは義肢装具士の方ですか?」

「……!」


 そう外交官の男に言われて、わたしは振り返る。


「見たところいつもの真鍮製ではないようですな。しかし、とてもよくお似合いですよ。クロード殿下」

「……ッ!」


 どの口がそれを言うのだろう。

 わたしも同じようなことをクロード様に申し上げたが、これは違う。ただの皮肉だ。


 怒りのあまり、わたしも思わずその人に飛び掛かりそうになってしまった。でも、そうしたらクロード様にご迷惑がかかってしまう……。

 黙って耐えつづけるしかない。そう思い、唇をきつく噛んでにらみつけていると、隣国の外交官は一礼をしてすぐに去っていった。


 残されたわたしたちはしばらく動けずにいた。

 しかし、レイナさんの一言で我に返る。


「クロード様、アンジェラさん、おふたりとも……大丈夫ですの?」


 わたしは息を吐くと、その場にへなへなと座り込んでしまった。

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