27 大罪人(2)

「そうか。すでに手配書が……」

「はい」


 わたしは手配書の件と、隣国の人たちが来たことをウルティコさんに告げていた。

 焼き魚の骨を外し、身を選り分けながらあの時のことを思い出す。


「隣国の――石炭の国コールランドの方たちは、あなたのことを『大罪人』と言っていました。いったい何があったんです?」


 ウルティコさんは遠い目をした。


「三十五年前……。ボクは医療の国メディカルカントリーでアンチエイジング――若返りの薬を完成させた。そして、多くの人の寿命を延ばすことに成功した。けれど……その技術を欲した石炭の国の者たちに拉致され、監禁されてしまったんだ」

「監禁……」

「そして、アンチエイジングの逆の薬・・・を作れと言われた。なんでも、戦争の兵器として活用したいのだと。そんなことは断じてできないと拒否したが、ならば母国に戦争をしかけると脅されて……」


 なんということだろう。

 そんな卑劣な手で、ウルティコさんをずっと縛り付けていたなんて。


「それで、ウルティコさんはそのあとどうされたんですか?」

「作ったよ。アンチエイジングの逆の薬――老化促進剤をね。でも、それは危険すぎて『作れなかった』と嘘をついた。代わりに差し出したのが……」

「まさか」

「そう、この国に住んでいる者ならすぐに思い至っただろう。それは……四肢が徐々に腐っていく薬だった」

「そんな……」


 わたしは思わず手が震え、フォークを持ち続けることができなくなってしまった。

 それはかつんと音をたててテーブルに落ちる。

 ウルティコさんはわたしの手元を見つめながら、申し訳なさそうに言った。


「だから、あの国の者たちが言ってたことは本当なんだ。ボクは、この国の多くの人々の人生を破壊した『大罪人』だ。キミにも……いるだろう? 腕を、脚を失って苦しんだ知人が」




 わたしは自分の両親や、クロード様たち王族、そして街の人たちのことを思い出した。


 みんな、自分の体が失われていくことを、ようやく受け入れられるようになった。

 けれど、父さんのように先々のことに絶望して自ら命を絶つ者、経済的な事情から腐食を放置してゆるやかに死を迎える者などもまだまだ少なくない。


 そうなった原因がすべて、このウルティコさんにあったなんて。

 なかなか割り切れるものじゃなかった。


 でも、一番悪いのはやっぱり隣国――石炭の国コールランドの人たちである。


「三十年前の戦争で、ボクの薬は兵器として使われてしまった……。しかし、ここ最近やつらは別の国にもそれを使いたいと言い出していてね」

「なんですって……!」

「だからボクは今度こそ、全力で歯向かうと決めたんだ。そしてどうにかこうやって逃げてきた」

「そうだったんですか……」

「ボクを恨む者が多くいる、この蒸気の国スチームキングダムに逃げ込むわけがない、とそう思わせたかったのだけど、結局すぐに見破られてしまったようだね。さて、これからどうしようか」


 この人はどれほど才がある人なのだろう。

 話すたびに思うが、とても六十を超えた人には見えない。


 老化を止める、もしくは今より若返る薬を開発した人。

 さらにそれを改変し、老化を速めたり、四肢の細胞だけを腐らせる薬を作った……。


 たしかにこれは国を動かすほどの力だ。

 その力が今、この国に留まっている。


「ウルティコさん」

「ん?」


 わたしは、かつてクロード様に言われたことを思い出していた。


『俺は、国民からの支持を回復し、いずれは隣国の支配からも脱却したいと考えている。その宿願のためには、信頼できる仲間をひとりでも多く獲得しなくてはならん』


 この方が味方になってくれたら。

 クロード様の宿願は、より叶いやすくなるだろう。


 大きな反対をされるかもしれないけど。

 でも、少なくともわたしは、せめてレイナさんには会わせてあげたいと思っていた。

 だから――ダメもとで提案する。


「あの、もし可能であれば……この国の王族と会ってもらえませんか。あの、わたし、これでも第一王子であられる方の専属義肢装具士なんです」

「義肢装具士……」


 ウルティコさんはなるほどという目でわたしを見た。


「ふむ。たしかにジャンプブーツの取り扱い方なんか、技師らしい手つきだったな。ならきっと、その話は嘘ではないんだろう。ただ王族がボクをすんなりと受け入れるかな? 石炭の国コールランドとの協定もあるだろうし」

「はい。だから、イチかバチかなんです。わたしも頑張って説得します」

「説得、ねえ」

「ただの技師ですけど、この国を良くしたいって気持ちは本物なんで。だから、お話だけでもきっと聞いてくださるはずなんです。クロード様はそういうお方です。それに、もし受け入れてもらえたら……レイナさんとも会わせてさしあげることが、できるかもしれませんし。でも今のままじゃ……」


 うつむくわたしに、ウルティコさんは優しく声をかけてくれた。


「キミは、まっすぐな子だね。レイナにできた友達が、キミのような子で良かったよ」

「ウルティコさん……?」


 顔を上げると、ウルティコさんはにっこりと笑っていた。


「キミ、名前は?」

「あ、ああ、申し遅れました。アンジェラ・ノッカーと申します」

「アンジェラか。天使って意味だね。まあ、期待しないでおくよ。うまくいったら、本当にキミはボクの天使様だ」

「ええっと……」


 これは褒め……られたのだろうか?

 わたしは天使みたいに清廉でもないし、どんな人も護れるわけじゃない。

 いつでもできる範囲のことしかできない人間だ。


 でも、天使みたいにありたいとは思う。

 人間の分際で、おこがましい望みだとは思うけれど。

 

 とりあえず、ウルティコさんは自分の処遇が好転するまで、わたしの家に隠れてもらうことになった。

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