19 パーツ・ディレクターズ・ショップにて

 上層地区の商店街にある有名な金物屋さん。

 その名も「パーツ・ディレクターズ・ショップ」――。

 そこにはありとあらゆる部品が取り揃えられていた。わたしはこの広いお店に入ると、いつもわくわくしてしまう。


「あっ、可愛いドアノブ~~~! あっ、こっちの電球はすごく綺麗! わ~ッ、このハンマー、カッコイイ! どうしよう、すごくすごく欲しい~~~ッ!」


 目移りするというのはこういうことではないだろうか。

 思った通り、店には素敵なものが山ほど陳列されていた。


「あら、アンジェラちゃん、いらっしゃい」

「おかみさん!」


 声をかけられたので振り向くと、そこには中年の女性が立っていた。

 彼女はこのお店を切り盛りする夫婦の奥さんだ。


「久しぶりだね、今日は何を買いに来たんだい」

「えっと、この小ねじを百本です」


 サンプルのねじを見せると、おかみさんはぐるっと棚を見渡して、すぐに目的のものを見つけた。


「ああ、それならちょうどそこの棚にあるね。ちょっと待ってて」


 視線の先にある箱は、わたしでもちょっと手の届かないところにあった。なので、おかみさんが脚立を持ってきて取ってくれる。


「はいよ。いつもありがとうね」


 ポンと渡されたが、そういえばどうやって今これを見つけたのだろう。

 サンプルと箱の中のねじは一度も見比べられなかったはずだ。それなのにどうやって……。そう思っていると、おかみさんはおかしそうに笑った。


「なんだい。そんなにじっと箱を見て。ちゃんと同じねじだよ。不安なら、開けて中を見てごらん」

「いや、おかみさんのことですから疑ってはないです。でも……いったいどうやって同じねじだってわかったんですか?」

「ふふん。そんなのこの店で何十年と働いてりゃあ、パッと見ただけでわかるさね。それにそれは、あんたの師匠がいつも買ってるやつだよ」

「はあ……そうだったんですか。でもすごいですねえ、おかみさん」

「まあね。その特殊なねじを買う人があんまりいないのもあるし。これくらい覚えておかなきゃ、この店の看板に嘘があるってもんだよ」


 さすが「パーツ・ディレクターズ・ショップ」の名に偽りなし、だ。

 どんな部品のことでもおまかせあれ。そういうスタンスで客の求めるものを必ず取り揃えてくれるのが、この店の良さだった。既製品も多いが、注文すれば特注の部品も作ってくれる。こんなに技師にとって頼もしいお店はない。


「そうだ。ここで相談したらもしかしたら……」

「ん? どうしたんだい?」


 わたしはふと思い立って、おかみさんに相談してみることにした。


「実は、呪いが進行した人の義肢を担当することになったんですけど……」

「うんうん」

「その人の負担をできるだけ軽減してあげたくて。だけど今ある素材じゃどうしても重くなってしまうんです。なにか真鍮に代わる、軽くて丈夫な素材ってないですかね……?」


 すると、おかみさんはわたしの目をじっと見つめながら、真剣な表情で言った。


「なんだい、アンジェラちゃん……。あんたもう一人前の職人として働けるようになったのかい?」


 その目はいつも以上にキラキラしている。

 あ、しまった。話がそっち方向に行ってしまったか。わたしはあわてて弁明する。


「いや、そのう……まだ一人前じゃないですよ。なんといいますか、その人を担当することが一人前になる練習になる、みたいな……」

「おめでとう! どうりで一気に職人らしい顔つきになったなあと思ったよ。今までと違って、今度は自分で考える喜びに目覚めたんだねえ。うんうん。あたしゃ嬉しいよー」


 だめだ、聞いてない。

 これは店長に聞かなきゃいけない案件かな……そういえば店長はどこにいるんだろう。と、わたしが店の奥の方をのぞくと、おかみさんはハッと正気を取り戻したようだった。


「ああ、ごめんごめん。その素材を探してるってことだったよね。うっかり脱線しちゃった。それについては、さすがにあたしよりもあの人に聞いた方がいいかもね。でもあいにくと今、店を離れててね」

「そうなんですか?」

「うん。ほら、今日は土曜日で空港が市場になる日だろう? 毎週土曜日は、他国の商品の買い付けに行ってるのさ」


 この世界の貿易は、主に空中輸送船で行われている。

 この蒸気の国スチームキングダムでは週に一度、土曜日に街の上部に取り付けられているガラスの天井を開けて、外国の船を受け入れていた。

 上層地区の一角に設けられた広大な空港は、その日一日大きな市場となるのだ。


「もし良かったら、あんたも空港に行ってきたらどうだい? あの人に会えるかもしれないし、アンジェラちゃん自身もいい素材を見つけられるかもしれないよ。ちなみにあの人は鉱山の国マイニングエリアの船の周辺にいるはずだ」

「そうなんですね。教えてくださってありがとうございます。さっそく行ってみます!」


 空港は、いままで一度も行ったことがなかった。

 他国に行く機会もまるでなかったし、材料の買い付けにいたっては一部の業者しか許されていなかったからである。見る分には物好きが行ってもいいことになっていたが……。


 もし、空港で「パーツ・ディレクターズ・ショップ」の店長を見つけることができたら。買い付けに同行させてもらえるかもしれない。


 わたしは逸る気持ちを抑えつつ、空港へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る