第三章 隣国の呪い

18 職人としての心構え

 わたしはクロード様の二回目のメンテナンスを終え、翌日からその義手の修整にとりかかった。


 師匠に教えてもらいながら、ひとつひとつ直すべき点を確認していく。

 まず体に合わせるお椀のような部分――ソケットだが、ここは変更しなくていい。なぜなら義手は義足のように体重をかける必要性がないからだ。腕を切り詰めるたびに多少の形状の変化はあるが、そこは蒸気で圧着させる機構がまかなってくれるので平気である。


 問題は長さだ。

 腕が短くなっていくと、それだけ義手の部分も長くなっていく。長くなればその分重量が増えるので、体にかかる負担も増えていくのだ。


「うーん。できるだけ重くしたくないんだけどなあ……でも、ここはこれ以上軽くできないし……」


 ソケット部分には、脳から送られる電気信号をキャッチする機構が組み込まれている。そして肘、手首、五本の指に、それぞれケーブルでつながっているのだ。この部分はさすがに省略することができなかった。


「あとは外装の部分かなぁ……」


 外装は見ての通り、銅と亜鉛の合金――真鍮しんちゅうでできている。

 真鍮はさびに強く、適度な強度と柔軟性がある金属だ。加工しやすいためいろんなものに使われている。金色であることから、高級感があるので、クロード様のように装飾を別途追加する人も多い。


 しかし、この外装も省略はできない。

 覆いの面積を減らしてしまえば、雨などの水分が隙間から入り込んで、中の機械の部分をダメにしてしまうのだ。


「昔は木製のとか、革張りの義肢もあったそうだけど……でもそれじゃあ今度は蒸気機関が入れられないんだよねー。いくらニスを塗っても、剥げて壊れやすくなってきちゃうし。激しい仕事とかも無理。関節の稼働回数にも耐えられないし……。あー、真鍮に変わるもっと軽くて強度のある素材があればいいのに!」


 もんもんとしていると、師匠のジョセフさんがやってきた。


「アンジェラ、調子はどうじゃ?」

「あ、師匠! 絶賛行き詰り中です~~~」

「なんじゃ。どこでつまづいておる? クロード様の右腕は、そんなに大きく変更はなかったじゃろう」

「はい。切断は三センチほどになるんですけど。でも……違うんです~~~。また重くしてしまうのがすごく申し訳なくて」


 涙声で訴えると、師匠は大声で笑いはじめた。


「あっはっはっはっ! なんじゃアンジェラ、今更そんなことで悩んでおるのか」

「そんなこと、じゃないですよー。わたしはこれでも真剣に……」

「この店に来る客も、それからワシが担当している王様も、みな呪いの進行とともに義肢が重くなっていっておるじゃろうが。苦労しておるのは、なにもクロード様だけではないぞ?」

「それは、そうなんですけど~~~」

「軟弱な男ならまだしも、クロード様なぞ、普段から鍛えておられる方じゃ。なにをそんなに心配しておる」

「いや……いろいろ、いろいろわかってはいるんですけど……でも……」


 そう、わかってる。

 いくら重くなっても、みんないつかはその新しい義肢に慣れていくって。

 でも、できるなら少しでもその負担を減らして差し上げたかったのだ。あんなに、この国の未来を良くしようとしている方が、普段から苦労をしなくていいように。


「ほほーう。少し、職人としての心構えがなってきたようじゃの」

「えっ……?」

「いつもはこうしてるんだからこれだけすればよい、そんな最低限の技術だけで満足していては、真の顧客のためにはならん。もっとよくするにはどうしたらいいか。それを常に考えつづけねばならんのじゃ。そうして技術というものは進歩してきたんじゃからの」

「師匠……」

「およそ百年前、この世界は一度壊れてしまった。そこからいままでなんとか復興してきたが……これからはお前さんたちが、よりよい生活をするために革新しつづけていかなくてはの」

「はい」


 わたしはクロード様の専属技師になってから、ようやく職人としてちゃんと物事を考えられるようになったのかもしれない。

 それまでは師匠の下で働ければいいとだけ思っていた。

 先達の技術を受け継いで、その良さを丸々自分のものにできればそれでいいと、そう思っていた。でもその先があった。そうだ、さらにその上を目指さなくてはならないのだ。


「できない、で諦めるな。できないならできるようにいろいろと方法を模索してみよ」

「はいっ、師匠!」


 わたしは奮起した。そうだ。諦めずに考え続ければなにかいい方法が見つかるかもしれない!



 しかし三十分後――。


 相変わらずいい案は浮かばないままだった。うーんうーんとうなり続けていたわたしは、一旦クロード様の仕事を放り投げて、お店に来たお客さんの義肢の修理を始めていた。いろいろ方法はありそうなのだが、最後の最期でやはり難しいと脳内で却下されてしまうのだ。


 もんもんとしていると、ひと段落着いた頃合いで、ふたたび師匠に声をかけられた。


「アンジェラよ。大丈夫か?」

「師匠……はい」

「店にいるばかりでは煮詰まってしまうじゃろう。そうじゃ、ちょっくら買い出しに行ってきてくれんか」

「買い出し、ですか?」

「ああ、ねじが足りなくなってきおってな。この小ねじを百本買ってきておくれ」

「……っ! はい。じゃあ行ってきます」


 わたしは師匠からサンプルのねじを一本受け取ると、急いで店の外へと飛び出した。

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