17 失望されてしまいました
レイナさんはわたしとの交流に満足すると、やがてロボットたちとともに応接室を出て行った。
あとにはまたわたしとクロード様が残される。
「さて、本題に入ろうか」
「本題……?」
「そうだ。あとで話があると言っただろう」
クロード様に言われ、ハッと思い出す。
そうだ。わたしは半月前の別れ際のことを、叱責されるんだった。あわててまた謝罪しようとしたら、クロード様が途中でさえぎる。
「この間のことだが。俺は失望した」
「えっ……」
「君にあんな態度を、とってほしくはなかった」
カップの中を見つめられたまま、クロード様はそう悲しそうにおっしゃられた。やはりなにかひどく傷つけてしまっていたらしい。それが何かはわからない。でも、よかれと思ってやったことが裏目に出ていたのはたしかだったようだ。胸が、ズキリと痛む。
「君には偏見はないと思っていた。あるがままの感情だけで行動する者だと思っていた。しかし……これが我が国の
「く、クロード様……」
違う。違うと言いたい。
でもそれは事実だ。わたしはそれを完全には否定できなかった。
たしかに王族を良く思っていない国民は多い。そしてそれは、広く知られていることでもある。
その理由について、わたしは今まであまりよくわかっていなかったが、この間それはクロード様が丁寧に教えてくださったところだ。曰く、「何か恨みを抱く際、人は遠くの者より近くの者にそれを向けがちである」と。
わたしは、それはおかしいと思った。
悪いのは隣国の人たちだ。なのにどうして、この国の王族が恨まれなければならないのだろう。
これ以上クロード様たちが嫌われてほしくなくて、わたしはあの日、一刻も早く市街地から離れてほしいと思った。一部の国民をひいきするような人だと思われてほしくなくて、ああした。でも、それをクロード様は……。
言葉を続けようとすると、またもクロード様にさえぎられた。
「俺は、国民からの支持を回復し、いずれは隣国の支配からも脱却したいと考えている。その宿願のためには、信頼できる仲間をひとりでも多く獲得しなくてはならん。君には……その仲間の一人になってもらいたかった。そしてこれも勝手な希望ではあったが……周りがどうあろうとも、どう思おうとも、俺のことをあのように扱わないでほしかった」
わたしは胸をひどく締め付けられた。
クロード様はわたしを信頼しようとなさっていた。それなのに……それなのにわたしは……。
「も、申し訳ありません。わたし自身は、誰にどう思われても良かったんです。でも、クロード様は……わたしといることでこれ以上国民に変な目で見られてほしくなかった。でも、浅慮でした。そんなことクロード様は望まれてなかったなんて……知らなくて……」
「そうか」
ただ一言。何の感情も乗せない声音で発せられたその一言が、とても寂しく感じられた。
クロード様からの信頼を得られかけていたのに、それを失ってしまった。そう思うと、悲しみが胸を覆う。
「……」
クビだ。そう、やはりクビになるのだ、わたしは。そう覚悟した。
クロード様はいままで何度も、信頼しようとしては裏切られ、こうして傷ついてこられたんだ。そう思うと、自分の失態を死ぬほど後悔した。
こんな風に傷つけたいわけじゃなかったのに。じんわりと目に涙が浮かぶ。
「義肢装具士、アンジェラ」
「は、はいっ」
名を呼ばれ、顔を上げる。
そこにはどこか悲しそうな表情をした、それでいてとても美しいお方がいた。
「俺は、小さなころからロボットに育てられていてな」
「え……?」
唐突に、昔語りが始められる。
驚いたが、わたしは黙ってそのお話に耳をかたむけることにした。
「母上は、弟のステファンを生んですぐに亡くなられた。父上は公務で忙しくて、もっぱら俺たち兄弟はロボットのナニーに育てられた。だからか……昔から人づきあいがとても苦手でな。未来の統治者とあろう者が、それではどうかとも思うのだが……とにかく、人と接することが今でも苦手なんだ」
「クロード様……」
「アンジェラ。君への接し方も、俺は最初から間違っていたのかもしれない。しかしできれば……これからもう一度、やり直してもらえないか」
真剣に言われて、わたしはその青い瞳を見つめ返した。
「クロード様……。わたし、クロード様にそうおっしゃっていただけてとても光栄です。クビにされても仕方のないことをしたのに……昔のことまでお話しいただけて、とても嬉しかったです。はい。許していただけるのでしたら……。これからもどうかよろしくお願いいたします。誠心誠意、お仕えいたします」
はっきりそう言い切ると、クロード様はまたテーブル上のマロウティーを見つめられた。
そして、優しく「ああ」とだけつぶやかれた。
なんだろう。なんだかとても胸が苦しい。こんな気持ちになったのは初めてだ。とても美しくて綺麗なものを見たときと似ているけれど、それよりずっと切なくなる。
「やはり君に声をかけて正解だった」
「えっ……」
「こちらこそ、これからも頼む」
「は、はいっ」
ピンク色のお茶の入ったカップを持ち上げて、クロード様が微笑む。
そしてわたしはこの王子様のために最高の義手を作ろうと、決意を新たにしたのだった。
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