16 お茶会
「噂をすれば、ちょうど準備ができたみたいですわね」
応接室に五、六体のロボットたちがやってきて、ソファの前にテーブルを設置していく。さらにそこに三人分のティーセットが並べられた。
「あらかじめ終わったら持ってくるようにお願いしてありましたの」
レイナさんはそう言って、さっそくティーポットを手に取る。
透明なガラスポットの中には不思議な色の液体が満たされていた。わたしは産まれてから紅茶と珈琲しか飲んだことがない。でも、それはまるでクロード様の瞳のように深い青色をしていた。
「綺麗……」
「これはマロウティーといって、のどの炎症を抑えたり、皮膚の再生を助ける働きがありますのよ」
青い液体が湯気を立ててカップに注がれていく。入れ終わると、レイナさんがわたしとクロード様の前に置いた。わたしはしばらくその素敵な色味に見入る。
「なんて綺麗なお茶なの!」
「ふふふ。気に入っていただけたようで嬉しいですわ。さらにこうすると……」
別の皿に乗せられていた櫛型のレモンを手に取り、それをお茶の上に絞るレイナさん。すると、途端にお茶が青からピンク色に変わった。
「ええっ、すごいっ!」
「酸味を加えると色が変わるんですのよ。面白いでしょう?」
「はい、はい! すっごく素敵です。うわああ~~~」
わたしはカップの中身をいつまでも眺めていた。こんな素晴らしいお茶、見たことがない。やっぱりクロード様の近くにいると、美しいものをたくさん見られるようだ。本当は今回はレイナさんが見せてくれたのだけれど、それでもやっぱり嬉しかった。
「さあ、そんなに見てばかりではお茶が冷めてしまいますよ。温かいうちに、ね?」
「あっ、そうですね! すいません。ではいただきます」
「クロード様もどうぞ」
「ああ。いただこう」
わたしとクロード様はほぼ同時にお茶を飲んだ。
レモンを入れているからかさっぱりとした味である。香りはあまり強くなく、クセのない飲み心地だった。
「はあ~。こんなに素敵なお茶、ふるまってくださってありがとうございます、レイナさん」
「いえ、いいんですのよ。お近づきの印ですわ」
「すみません。わたしなんにもご用意できてなくて……」
「アンジェラ、これは女医が勝手にやったことだ。君は何も気にしなくていい」
「クロード様……」
申し訳なくてちぢこまっていると、クロード様がそうフォローしてくださった。
「引き合わせたのも突然だったしな。それに、この女医は俺と会ったときにはこのようなことはしなかった。いったいどういう風の吹き回しだ? レイナ」
「いやですわ。わたくしはクロード様にもステファン様にも、陛下にも召し上がっていただきたいとずっと思っておりましたのに。ただ機会がなかっただけですわ」
「ほう、どうだか」
「信用ありませんのね。まあ、まだこちらに来て一週間ほどしか経ってないのですから無理もないことですけれど」
「……ん? 一週間?」
レイナさんは、ずっと前から王族専属の医師だったんじゃないの?
わたしが頭に疑問符を浮かべていると、クロード様が詳しく説明してくださった。
「レイナは、弟のステファンが
「そ、そうだったんですか……」
「クロード様。前の専属医師の方はどうされたのです? 外部の人間に急に株を奪われて、さぞや憤慨なさったのでは」
わたしが納得している横で、レイナさんが皮肉めいた発言をする。
クロード様は何の感情もにじませないお声で言った。
「あれはそろそろ年だった。いい頃合いだったと父上もその医師も納得済みだ。君が案じる必要はない」
「そうですか。それを聞いて安心いたしましたわ」
レイナさんはにっこりと笑うと、ご自分のカップに口を付けた。真っ赤な口紅の跡が白いカップに残る。わたしはなぜかとってもドキドキして、あわててもう一口お茶を飲んだ。
「あ、あのっ……」
「なにかしら? アンジェラさん」
わたしはとっても緊張していたが、思い切ってレイナさんに訊いてみた。
「れ、レイナさんの地元が、
「そうですわね。国民のほとんどが医療に携わる者ですわ。内科から外科、薬学者にいたるまで、幅広い研究が日夜行われておりますの」
「そうですか。でしたら……やはりこういった薬草茶も、よく飲まれているんですか?」
レイナさんはしばしきょとんとした後、またも女神様のように微笑んでくださった。
「ええ。お国柄、薬草はよく栽培されてますわね。体調を普段から気にかける者も多いですし……様々な種類の薬草茶がありますの。珈琲や紅茶も美味しいですけれど、地元ではこちらの方がメジャーですわね」
「そうなんですね。わたし、この国からいままで一歩も出たことがなくって。だからもし良かったら、これからたくさん
「アンジェラさん」
レイナさんはハッとしたようにわたしを見た。
「えっと……これくらいしか、今のわたしには友好の気持ちを示せなくて。あの、わたしの方も、いろいろと聞いてくださいね。来たばかりでまだこの国のこと、わからないことも多いでしょうし……。ええと……本当に、もしよかったら、なんですけど」
「お気遣いありがとうございます。アンジェラさん。わたくしこそ、いろいろとよろしくお願いいたしますわ」
そう言って、レイナさんからほっそりとした手が差し出される。
わたしはその手を恐る恐る握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます