15 女医のレイナさん
「は、はじめまして……。わたしはアンジェラ・ノッカー、です……」
自己紹介しながらも、わたしはレイナさんのあまりの美しさに呆然としてしまっていた。
本当に同じ女性だろうか……。地味な自分とはまるで正反対である。ひとつひとつのパーツが本当に美しくて、わたしは危なく口の端からよだれが出てしまいそうになった。
レイナさんは、そんなわたしの様子に呆れた声を出す。
「な、なんなんですのこの子……」
「気にするな。この者はただ、綺麗なものを見るとこうなってしまうようだ。俺の時もこうだった」
「そうなんですの? クロード様にも……。ということは、わたくしもこの子の目にはとても美しく映っているということですわね。あなた、なかなかの審美眼ではないですか!」
クロード様から説明を受けると、レイナさんはわたしを満足げにご覧になった。つかつかと歩み寄られ、両手を優しく握られる。
「ではあらためまして。よろしくお願いしますわ、アンジェラさん。あなたは義肢を、わたくしは肉体の方を担当いたしますのよ。というわけで、さっそく接合部などの情報交換をしましょう」
「あっ……はい!」
わたしはいまだドキドキしながらも、これは仕事なんだとすぐに切り替えた。
そうだ、レイナさんは医師。わたしは義肢装具士だ。両方が協力しないと患者をサポートすることはできない。
街でも、義肢の装着者は病院と義肢製作屋の両方に通っていた。
「ええと、ではまず義手をご自分で外していただけますか? クロード様」
レイナさんに促されると、クロード様は左手で義手の付け根にあるボタンを押した。するとプシュッと音がして義肢の(※)ソケット部分が体から離れる。
義肢というのは、当たり前だが入浴する際や就寝中など、不用だと思われるときには装着者自身で取り外しができるようになっている。この義手は、接合部下のボタンを押すと蒸気の力で吸着・剥離が簡単にできるようになっていた。
きらきらと光る真鍮製の義肢は、たしかな重みを伴って置かれたソファに沈み込む。
「はい、結構ですわ。次に断端部分の調子を診ます。少し、失礼いたしますわね」
そう言って、レイナさんはクロード様の右肘に巻かれていた包帯をとりはじめた。
工房にやってくるお客さんたちも、だいたいこんな状態だ。
切断された先端――断端部分だけがきっちりと包帯が巻かれていて、それ以外は素肌がむき出しになっている。クロード様の軍服はこのために右肘の少し上までの半袖になっていた。
包帯を全部取ると、そこには……ひどくただれた赤黒い肉が露出していた。
これでまったく痛みがないというのだから驚きだ。これはまさに呪いそのもの。この腐って溶け落ちていく部分が徐々に体の中心へと侵食していくのだ。
「五日前に見た時より悪化してますわね」
レイナさんが残念そうな表情で言う。それに、クロード様は淡々とお応えになった。
「ああ。そろそろ切断しないと駄目だろうな」
「糖尿病が引き起こす壊死に似ていますけれど……これは本当に不思議な病状ですわね。腐食が進むと切断しなくてはならないが、切断してしばらくすると正常な肌が再生する。けれどもまたしばらく経つと腐食が再発……その繰り返しなんて」
「まったく、なんとも面倒くさい呪いだ」
「面倒くさいだなんて。一応腐っていってますのよ? よくそんな風に言えますわね……」
「痛みや敗血症の恐れがないからだ。幸いにもな。義手の装着が多少難儀になっていく、それくらいしか不都合を感じないのも、楽観視してしまう原因だろうな」
なんという精神力だろう。
おそらくクロード様も、幼い頃からお父上やお祖父上の病状を見てこられたのだ。わたしも父を見ていたから多少はわかるが、それでも自分が同じ病気になったとき、果たしてクロード様のように思えるだろうか……。
日々失われていく自分の一部。
それをあるがままに、自然なこととして受け入れていられるのは素直に驚嘆に値した。
「このままでは、来週あたり切断手術をすることになりますわね。でも……そうなると、義手の上腕部分の長さを変える必要がでてきます。アンジェラさん、ソケット部分はそのままで、その下から肘関節の間を延長していただけないかしら。おそらく三センチほどになりますわ」
「は、はいっ、かしこまりました。急ぎその部分の製作にあたります。納品は手術後でよろしいですか?」
「ええ、装着は傷がふさ塞がりはじめてからになりますから、半月後にまたいらっしゃる日に合わせましょう」
レイナさんの指示を受けて、わたしはソファに置かれた義手の寸法をメジャーで計っておくことにした。どこにどんな部品があって、どの程度伸ばせばいいかをメモ帳にアイディアとともに書きつけておく。
「うーん。全部じゃなくて、やっぱりこのソケット部分と関節の間の部分だけを交換ってことにすればいいか……そうなると、この結合部が……なるほどこうなってるのね。うまく組み合わせるには……こうして……」
ぶつぶつ言いながらメモをしていると、背後でくすりとひそやかに笑う声が聞こえてくる。振り返ると、クロード様とレイナさんが笑いを押し殺していた。
「な、なんですか!?」
なにか失敗してしまったのだろうか。焦って聞くと、二人ともなんでもないと首を振った。おかしい。特に笑われるようなことはしてなかったはずなのに……。
メモを取りおわると、レイナさんはまた包帯を巻き戻し、クロード様も義手を付け直された。蒸気の力でシュッと接合部に吸い付く音がする。
そして、わたしがメンテナンスを一通り終わらせると、レイナさんが思わぬことを提案してきたのだった。
「さて、お二人とも、少しお茶にしません? わたくしの地元、
※【ソケット】切断した体の部分を挿入する義肢の受け口のこと。だいたい開いた魚の口のように中がくぼんでいる。
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