12 送っていただきました
「そういえば、ゴーグルもまだ渡していなかったな」
長い沈黙を破ったのは、クロード様だった。
まだ申し訳なさそうなお顔をされている。いや、申し訳ないことをしたのはこちらの方だ。いくら危険を感じたとはいえ、王族の方の……義肢以外の部分に無許可で触れてしまうなんて。職人失格である。
「必要な手順をいろいろと飛ばしてすまなかったな。やはり、慣れないことはすべきではなかった」
「いえ、わたしの方こそもっと早くクロード様にどうしたらいいかなどお聞きするべきでした。ゴーグルは自分用があります。クロード様がお気に病まれることは、何もありません」
わたしはバッグの中から普段使っているゴーグルを取り出してみせた。クロード様はまだなにか言いたげだったが、「送ろう」とだけ言って計器をまた操作しはじめる。
――へっ? 送る?
「ゴーグルをかけろ。君の工房まではあと五分ほどだな」
「え? あの、クロード様? 工房までって……?」
不穏な言葉を聞いた気がしたのだけれど、私の声はホバーバイクの起動音にすぐにかき消されてしまった。というか、このお方かなり強引でマイペースすぎない?
「行くぞ」
でも、クロード様とゆく空の旅は悪くなかった。
ジャンプブーツでしか移動をしたことがなかったので、乗り物だとこんなに速いのかと驚く。風を切って、街の上を飛行する。空を映したどこまでも続く天井。そして左右の渓谷の壁。その間に広がる配管だらけの街並み。美しすぎる光景に、わたしは目を見張った。
しばらくすると、見慣れた路地が見えてきた。
アーケードから少し離れた所にある小さなお店。そこが師匠とわたしの工房だ。店の前にホバーバイクが着陸しそうになると、わたしは誰かが通りかかる前にさっと乗り物から飛び降りた。
「おい、まだ蒸気機関が駆動中だ。危ないことをするな!」
わたしの行動にクロード様が叱責を飛ばされる。けれど、わたしはひるまなかった。
「クロード様、そのまま停車せずにお帰りください。ここまで送ってくださったこと、感謝申し上げます。ですが……王族の方が一市民に対しこのようなことをするのをよく思わない者もいます。誰かに見られる前に、さあ!」
「アンジェラ……」
クロード様はなぜか、とても苦々しい顔をされた。
別にわたしは何を思われてもいい。けれど、これ以上クロード様が市民に悪く思われてはほしくなかった。
「さあ、お早く!」
「アンジェラよ、この場は引くが……あとで覚えておけ」
「……え!?」
ぞくっとするような低い声。わたしはまた、何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか……? 何も言えずにいると、その間にクロード様は行ってしまった。わたしはへなへなとその場に座り込む。
「ど、どうしたんじゃ!? アンジェラ」
「し……師匠?」
ふいに声がして振り返ると、師匠のジョセフさんが工房から出てきていた。そして、石畳に座り込んでいたわたしを優しく抱き起こしてくれる。
「表でホバーマシンの音がしたから来てみたんじゃが……アンジェラ、いったい何があったんじゃ。クロード様のメンテナンスは上手くいったのかの?」
わたしは店の中に入るなり、いままであったことを手短に話した。すると、それを聞き終えた師匠は豪快に笑いはじめる。
「あっはっはっはっ! そりゃあずいぶんと面白いことになっていたんじゃのう」
「面白くなんか全っ然ありませんよ! クロード様には振り回されっぱなしでした……文字通り」
「しかし、どうにかやれそうではないか。のう? 王様の話ではすぐに解雇されるかもしれなかったんじゃしの」
「それは、そうですけど~~~」
本当に、今日一日で死にそうなほど疲れた。でも、様々な美しいものを見ることができた。あのお方のお側にいたら、もっと美しいものを見れるかしら……。わたしはそんな風に思いつつ、師匠の入れてくれたココアでようやくホッと一息つくことができたのだった。
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