13 兄と弟
「兄上。珍しいですね。どこか出かけられていたんですか?」
「なに、ちょっとした散歩だ。久しぶりにこれを運転してみたくなってな」
クロードが城の屋上まで戻ってくると、そこには弟のステファン・ボールドウィンがいた。
ステファンは父やクロードと同じ白銅色の髪を、黒いリボンで後ろで一つに結んでいる。そしてその左手の手首から先が義手となっていた。クロードよりやや明るい水色の瞳が、じっとホバーバイクの方に向いている。
「良かったですね、兄上」
「何がだ?」
「そんな、とぼけなくったって。城から見てましたよ。新しい専属の技師、いい感じじゃないですか」
「何が言いたい」
「僕らに憎悪を向けない人間は貴重だって話です。でも、兄上? 急に距離をつめすぎるのは良くなかったんじゃありませんか。警戒されたら元も子も――」
「ステファン。俺はつないだ縁を大事にしようとしているだけだ。それ以上のことには、ならない」
「そうですか? あわよくばあの子を恋人にしたいとか思ってませんか?」
にやにやと笑みを浮かべる弟に、クロードは大きなため息をついた。
「あの者が女性だからって考えすぎだ。俺はただ王族の汚名をすすぎたいだけだ。そのために――」
「信頼できる家臣を増やす、でしたよね?」
ステファンの言葉に、クロードは一瞬硬い表情になる。
「ああ。これはその一環に過ぎん。それより……お前の方はどうなってるんだ、ステファン」
「僕の方は相変わらず医者をあたってますよ。遠方の国ですが、気候変動前の医学を研究している者を見つけました。近々招聘しようと思ってます」
「ほう。それは、今度こそ呪いを解くきっかけになればいいな」
「そうですね」
この兄弟は、各々が成人し「隣国の呪い」を発症してからというもの、それを克服するための行動をひそかにとりはじめていた。
敗戦国なので、表向きは現状維持を内外にアピールしなくてはならないが、いつかは隣国からの支配を脱却し、国民たちからの信頼を回復したいと思っている。
そのためには信頼できる家臣をひとりでも多く集めなくてはいけなかった。
クロードは屋上の車庫にホバーバイクを停め、そのハンドルにゴーグルをかける。
ふいにアンジェラと別れた時のことが思い返された。
――王族の方が一市民に対しこのようなことをするのをよく思わない者もいます。誰かに見られる前に、さあ!
あの言葉は、残念ながら国民との距離をより感じさせるものだった。あの娘には悪感情がなくとも、他の国民にはあると言っているかのような、そんな悲しい響きがあった。おそらく自分のためを思って言ってくれたのだろうが、クロードはそれを苦々しく思っていた。
「兄上?」
弟のステファンが心配そうに見上げてくる。クロードは成人してから七年、ステファンは三年だ。早く治療法を見つけなくては、二人とも父や祖父のように呪いが進行していってしまう。そしてやがてはみな死に絶え、誰も国民を助ける者がいなくなってしまう。
敗戦国のまま、隣国――
そうなる前に。
せめて呪いを解くカギだけでも見つけたかった。
「ステファン。もう少し詳しく、その医師について教えてくれ。あと久しぶりにお前の射撃の腕を見てみたくなった」
「えっ。射撃ですか? 訓練だったら間に合ってますよ」
「何を言っている。いざというとき、自分の身くらい守れるようになっておかなくてはならないだろう。それとも剣術のほうがいいか?」
「あー、そっちの方が無理そうです。兄上はよく、両方とも鍛錬されてますね」
「ああ。いつ何が起きるかわからんからな」
「そんなの兵たちに任せとけばいいのに……」
ステファンは日頃からこういうことに消極的である。思えば幼い頃からそうだった。争いを嫌い、運動すること自体も嫌っていた気がする。
しかし、いつまた隣国にこの停戦を解除され、ふたたび我が国を蹂躙されるかわからない。クロードは最低限度の戦闘知識は身に着けていて欲しいと思っていた。
「ステファン。三十年前、国民を最前線に立たせた結果があれだ。俺たち王族は今後もできるだけ戦争を回避しなくてはならない。が……万が一、また戦争ということになったら、俺たちが国民を守らなくてはな」
「……はいはい。わかりましたよ。いざというときに何もできないのは悔しいですからね。やりますよー」
「わかればよろしい」
クロードは口元に笑みを浮かべると、さっそく弟とともに城の中に入っていった。
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