10 わたしは美しいものに目がありません

 ああ、なんて綺麗な瞳なのかしら。

 いつか図鑑で見た宝石のようだった。どこまでも澄んだ深い青色。それがずっとわたしの視界に収まっている。わたしの瞳はなんの味気もないくすんだオリーブ色だったけれど、これは眼福だ。ずっと見ていたい。そう思っていると、いきなり額に手刀が振り下ろされる。


「はぐっ!」

「おいっ、聞いているのか?」

「ハッ!」


 わたしは痛みで我に返った。目の前にはクロード様。あわてて頭を下げる。


「ももも、申し訳ございませんっ! 殿下の瞳があまりにもお綺麗でっ! つい見とれてしまいました。わたし、昔から綺麗なものに目がなくって!」

「は? 俺の瞳が、綺麗……?」

「はいっ。とっても美しいです。こんな綺麗な青色、わたしいままで見たことありません! 不躾にじっと眺めてしまって本当に申し訳……」

「それを言うなら君の髪色の方が珍しいし、美しいだろう」


 いつのまにかまた、クロード様の義手がわたしの方へと伸ばされている。プシュッという機械の駆動音とともに、まとめていた髪のひと房が触れられた。わたしはますます緊張してしまって、さらに動けなくなってしまう。頭を下げつづけているとクロード様がぽつりとつぶやかれた。


「そういえば昔、祖父上の専属技師がこれとよく似た髪色であったな……」

「え?」


 わたしと同じ髪色の技師?

 いったいどんな人だろうか。この髪色はこの国ではあまり見ない髪色だ。母さんは王族の専属技師になったことはないと言っていたし、少し気になる。わたしが戸惑っていると、クロード様はさらに言葉をつづけられた。


「しかし、祖父上はだいぶ前に亡くなったし、その義肢装具士もいつのまにか見なくなった……。君を俺の専属技師にしようと思ったのも、もしかしたらこの髪色にどこか懐かしさを覚えたからかもしれない」

「そ、そうだったんですか?」

「まあ、一番の理由はその『手つき』だったがな。君は本当に丁寧な仕事をする。俺はそれをとても嬉しく思う」

「あ、ありがたきお言葉です。殿下」

「だからその殿下というのをやめて欲しいと言っている。できたらクロードと。俺はそんな市民から、かけ離れた存在でいたくない」


 どこか寂しそうなお声がして、わたしは思わず顔をあげた。

 しかし、クロード様とふたたび目が合ってしまう。


「あっ! あ、あの……」

「どうした? やはり言えんか」

「い、いえっ。い、言います、言います……! く、クロード様。これで、よろしいでしょうか?」

「ああ、それでいい」


 要望通りに名を呼ぶと、またも天使のような極上の微笑みを向けられた。


「~~~~~~っっ!」


 もう心と体が持たない! 平常心を保つのでいっぱいいっぱいだった。このように興奮しつづけていては判断力も失いかねない。これはまずい。落ち着け、落ち着けわたし。深呼吸。深呼吸。


「すー、はー。ええと……では、一通り作業が終わりましたので失礼させていただきますね。それではまた。半月後に」


 そう言ってそそくさと帰ろうとすると、腕をぐんと引かれた。何かと思って振り返ると、クロード様がわたしを物理的に引き止めている。そしてわたしの足元を見つめられていた。


「あ、あの……?」


 不思議に思って声をかけると、クロード様はそのまま眉根を寄せられる。


「ちょっと、待て」

「え?」

「昨日から思っていたのだが……その靴、もしや君に合っていないのではないか? 歩き方が変だ」

「靴……? ああ、それはその……」


 どう説明したものかと迷っていると、クロード様は突然しゃがまれ、わたしのドレスの裾をめくり上げてこられた。わたしはあまりのことに悲鳴を上げる。


「きゃああっ! く、クロード様!?」

「すまない。だが……。ふむ。やはりか」


 クロード様はわたしの足首をつかむと、強引に靴を脱がしてそのかかとの部分を確認された。そこには血でうっすらと赤く染まったテープが。


「他人の不具合は調整しても、自らの不具合は調整しないというわけか」

「く、クロード様。こ、これはですね……」


 説明しようとすると、クロード様がさっと立ち上がられた。


「仕方がない、これから君の新しい靴を買いに行こう」

「えっ?」

「少し準備をするから屋上のテラスで待っていてくれ」

「え? あの、クロード様……」

「心配いらん。王族が唯一懇意にしている服屋だ。きっと君の気に入る靴もあるだろう。では、のちほどな!」

「えっ? く、クロード様!?」


 クロード様はあっというまに去っていってしまわれる。

 呆然としていると、部屋を警備していたロボットに「コチラデス」と案内されそうになった。


「えっ? あの、ちょっと……待ってください。あまり気が進まないんですが……。でも、お断りするのも難しいし……ど、どうしよう?」


 わたしの足はたしかに悲鳴を上げはじめていた。でも立場上、クロード様に何かしてもらうわけにはいかない。とにかく、お断りするにしても一度呼ばれた場所に行くしかないと思った。


 ロボットに案内されて屋上へと向かう。するとそこには、一台の大きなホバーバイクがあった。そして、ゴーグルを頭に付けたクロード様が。


「来たか。ではさっそくこれに乗ってくれ!」


 わたしは大きく深呼吸すると、彼の下に近づいていった。

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