第二章 クロード様の専属技師に

9 王子様にお返事しました

「何っ、それは本当かアンジェラ! クロード王子の、専属技師になるんじゃな?」

「はい」


 師匠はわたしの決意を聞くと、おおいに喜んでくれた。作業の手を止めたわたしの側にすっとんでくる。

 

「そうかそうか。そう言ってくれてわしもホッと一安心じゃわい」

「でも師匠? やっぱりいろいろと難しい気がするんです。もし何か大失敗を起こしちゃったらどうしましょう……」

「アンジェラよ。ワシだって、いつでも完璧できるわけじゃないんじゃよ? こういうのはひとつずつ経験して、失敗しても次につなげていけばいいんじゃ」

「そうかもしれませんが……」

「ま、なにかあったらワシに一報寄越すんじゃ。そうしたらすぐ助けにいくわい」


 そう言って、師匠は筋張った二の腕に力こぶを作ってみせた。二ッと歯を見せて、わたしを安心させてくれているようだ。


「師匠……」

「これは絶対にお前さんのいい勉強になる。それはワシが保証する。じゃから、しっかり働いてくるんじゃよ」

「……はいっ」


 そうしてわたしは、さっそくお城にお返事をしに行くことになった。



 ◇ ◇ ◇



 深紅のドレスは歩きにくし、ハイヒールもあいかわらず痛いけど、わたしはまたなんとかお城の入り口までやってこれた。今日はかかとにテーピングしてあるから少しはマシだ。城門のチェックをパスして、噴水広場を抜け、空中戦艦まで行く。すると、昨日と同じようにその入り口にロボットの衛兵がいた。


「オ待チシテオリマシタ。アンジェラ様」


 そしてまた例の応接室に通される。

 窓の向こうの素晴らしい景色――渓谷の合間に張り巡らされた巨大な街は、どこまでも続いている。あちこちに飛んでいる輸送船、ホバースクーター。それらを眺めている間にも、目の前を人工の鳥たちがひらめき、機械式の蝶が横切っていく。重厚感のあるソファに座ってぼーっとしていると、ほどなくしてあのクロード様がやってきた。


 慌てて立ち上がるが、手で制される。


「よい。そのままでいろ」

「は、はい……」


 もう一度腰かけると、クロード様は斜め右のソファに座られた。王様と違い、護衛のロボットたちは一体もついていない。部屋の警備を任されているロボットのみが入り口で立ち尽くしていた。


「では返事を聞かせてもらおうか。アンジェラ・ノッカー」

「は、はい、殿下」


 緊張で口の中がカラッカラに乾いているが、勇気を出して発言する。


「こっ、此度のお申し出……。み、未熟すぎる身ではありますが、謹んでお受けいたします」

「そうか」

「はい。わたしは本当に見習いですから……ご満足いただけるどころか、ご迷惑をおかけしないかと心配ではありますが……誠心誠意、全力でメンテナンスをさせていただきます。ですのでどうか、よろしくお願いいたします!」


 わたしはソファから一歩踏み出すと、さっとその場に片膝をついた。それはまるで中世の騎士が君主に対し忠義を誓うようなポーズだったが、それだけわたしは真剣だった。クロード様はわたしの様子を見るなり、両目を大きく見開かれた。


「やはり、君に声をかけて正解だった」

「え?」


 クロード様はただでさえ美しい方でいらっしゃるのに、まるで天使のような微笑みを浮かべられていた。その眩しさに思わず目がくらんでしまう。


「技術はあとから追いつく。だが、心だけは思いのままに動かない……。こちらこそ、改めてよろしく頼むぞ。アンジェラ・ノッカー」

「はっ、はい!」


 わたしはもうクロード様のお顔がまともに見られなくなって、顔を伏せてしまっていた。クロード様は立ち上がってこちらに近づいてこられる。黒の編み上げブーツが目の前にやってきて――、


「では、さっそく頼もう。以前のメンテナンスからだいぶ間が開いてしまったのでな」

「は、はいっ。かしこまりました!」


 わたしは視線をそらしつつ、準備を始める。床に置いておいたバッグから作業道具を取り出し、体に装着していく。そして用意が終わると昨日のように義肢の診察を開始した。


「では、拝見いたします……」


 肩につけた拡大鏡のアームを目元まで持ってきて、すべての可動部を点検する。クロード様の義手は右ひじから先だ。


「……ん?」


 王様の時は緊張しすぎていて、あまりその意匠まで目がいかなかったが、よく見ると一つ一つの部品がかなり装飾性の高いものになっている。普通は使われないような高価な素材や、複雑な模様がいたるところに施されていた。


 ――綺麗。


 王様の時にこれに着目していたら仕事にならなかった。今もじっと観察したい欲が出てきてしまっているが、あわてて修理の方に意識を向ける。すべてのねじはやはり、しばらくメンテナンスを受けていなかっただけあってかなり緩んでいた。それを腰の道具入れに入っていたドライバーで締め直していく。


「殿下、手首を曲げたり、手を握ったり開いたりしてみてください」

「ああ」


 シュッと小さな駆動音が鳴って、手首と、五本の指が滑らかに動く。


「問題なさそうだな」

「はい。殿下、他になにか困っているところはございませんか?」


 仕上げに油を差したり、金属がくもっているところなどを磨いていると、クロード様は意外なことをおっしゃられた。


「殿下……か」

「はい?」

「できれば名で呼んでくれないか。クロードと」

「へっ!?」


 思わず顔を上げると、わたしはその深い青色の瞳と目が合ってしまったのだった。

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