7、両親の思い出

 ゴーグルの中央についているライトをつけながら、わたしは薄暗くなっていく街をジャンプブーツで降下していく。こうしているとまるで地の底に落ちていくようだ。


 夜でもまばゆい上層地区から、比較的明るい中層部、そして真っ暗な下層地区へと――。


 ちらちらとわずかながら家の灯りが瞬いているが、それもここではまもなく消えてしまう。燃料がもったいないと、多くの者は早めに就寝してしまうのだ。


「よっ、と」


 家に着くと、鍵を開けてすばやく中に入った。

 前に不審者が後をつけてきたことがあったのだ。だから入るときには特に周りを注意する。あの時はジャンプブーツで後ろ蹴りを喰らわせてやったから、どうにか撃退することができたけど……もう同じ目には遭いたくない。


 内鍵を閉めて、プシュッと施錠が完了した音を聞くと、ホッと息をついた。わたしはダイニングの椅子に倒れこむようにして座る。


「ああ、すごく疲れた……」


 正直シャワーを浴びる気力もない。

 でも、上層地区の人たちに変な目で見られたくないので、最後の力をふりしぼって身を清めにいった。


「ふー」


 洗濯機に服を放り込み、まとめていた髪をほどく。洗面所の鏡の中にわたしのあかがね色の髪が広がった。これはわたしが唯一、自分の体で好きなところだ。本当に純粋な銅の色。母さんもたしか同じ色だった。


「母さん……」


 母さんは、父さんが呪いによって死んだので後追い自殺をしてしまった。


 ふたりとも腕のいい義肢装具士だった。

 父さんがジョセフさんの弟子で、母さんは別の工房の義肢装具士だった。二人はとても仲が良くて、結婚した当初はまだ中層地区で暮らしていた。でも、あの戦争があって。父さんは二十歳を迎えていたので出兵して。そして……呪われてしまった。


 帰ってきてからは義肢を取り付けて今まで通りに働いていたらしいけれど、わたしが生まれて十数年も経つと、体が思うように動かせなくなっていった。そしてついに満足な仕事ができなくなり……ある朝、突発的に渓谷に身を投げてしまった。


 母さんはなんとか気持ちの整理をつけようとしていたけれど、でも、それも半月ほどしかもたなかった。ある朝、母さんも遺書を置いて父さんの後を追った。


 わたしは中層地区に住めなくなり、下層地区に引っ越した。

 そしてジョセフさんの工房で働かせてもらうことになったのである。


「王族を恨む、か……」


 そんなこと考えたこともなかった。だって悪いのは隣国の人だし。父さんと母さんは死んだけど、間違っても王族のせいじゃない。あの奇病の、呪いのせいだ。

 本当に、こんな恐ろしい病を引き起こす攻撃をしただなんて、人間の所業じゃない。


「クロード様は男だから遺伝してしまわれたのね……」


 わたしは女だから、幸いにも呪いを発症していない。

 でも、もし男だったら……。もしわたしが男で、そして二十歳を迎えて呪いを発症させていたら……。王族を、恨んでいたのだろうか。


 モノ作りは日常の動作とはかけはなれた、とても繊細な作業を要する。コンマ何ミリといった厚さを均一に成型する技術。小さなねじを、入り組んだ構造の奥のねじ穴に入れる技術。それらが成り立たなくなったら、わたしはどう思うようになるのだろう。


 わたしはシャワールームに入り、蛇口を思いっきりひねった。

 あたたかなお湯が頭から降り注ぐ。この国に住んでいる限り、水道と光熱費だけはタダだ。そういう社会保障がなされていなかったらとっくにわたしは死んでいる。


 でも――。


 それでも父さんと母さんは死んだ。

 それは「ただ生きる」だけでは足りないものがあったからだと思う。わたしも義肢装具士として成長するにつれ、だんだんとそれがわかっていくのかもしれなかった。

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