6 師匠へお伺い
「ただいま戻りました~!」
へろへろになりながら、わたしはようやく工房に戻った。
もうハイヒールを履いてる足が限界を迎えている。
「も、もうダメ。靴擦れが……って、師匠っ!?」
ハッとして顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。
なんとあのぎっくり腰で動けなくなっていた師匠が、まるで今朝のことが嘘だったかのようにきびきびと工房内を走り回っていたのだ。わたしは思わずジトッとした目を向けた。
「師匠……」
「い、今帰ったのかアンジェラ。は、早かったのう」
「早かったのう、じゃないですよ!! これはいったいどういうことなんですか? こっちはわざわざ動きづらい服を着てまでお城まで行ったんですよ! なのに……全部嘘だったんですか! 思えば最初っから怪しかったんです……いったいどう釈明なさるんですか!?」
「ま、まあまあ。これもすべて、弟子の成長を促すための方便だったんじゃよ。こういうことでもない限り、お前さんは王族の対応など絶対にしようと思わなかったじゃろ。主に自信の面で」
「そ、それは……」
たしかに、わたしは初めての人や場所を敬遠し、なかなか新しいことに挑戦できないという悪癖があった。普段からならきっと、お城に一歩も立ち入ろうとはしなかっただろう。
でも。だからといって、師匠のやったことはかなりリスクのある方法だ。
「ひゃ、百歩譲ってわたしのことはいいとしてもですね、王様まで騙したのはさすがにいけなかったと思いますよ? どんな理由であれ、このことは王様には絶対に言わない方がいいです。あの温厚を絵に描いたようなお方でも、顔をしかめられたらすっごく怖いんですから」
「なにぃっ!? お前さん、そんな表情をあの方にさせたのか? いったいどんな失態を犯したんじゃ!」
「わ、わたしじゃないですよ。もう、ほんと大変だったんですから……」
わたしは師匠に、第一王子のクロード様からとんでもない申し出をされたことを話した。
「お前さん、それは……」
「師匠からも言ってやってくださいよ。まだわたしには早いって。わたしに専属なんて、とてもとても……」
「しかし、王様にも言われたんじゃろう? 試してみんかと」
「そうですけど……なんかあの王子様、冷静にメンテナンスできそうにないんですよね。見た目が綺麗すぎるというか……」
「ああ、そういうことか。お前さんは昔っからそういうのに弱いからのう」
恥ずかしいが、否定できないので言い返せなかった。
何も弱いのは人だけじゃない。人工物だって、自然物だって、この世のありとあらゆる綺麗な造形物を見るとわたしは一瞬で目が離せなくなってしまうのだ。
「あの、師匠? もしまた王族の対応をさせようと思っても、絶対あの人以外にしてくださいね。お店での接客だってまだあんまり数こなしてないんですから……」
「ふむ。しかしのう、それで先方は果たして納得するかの?」
「どういう意味です?」
「お前さんじゃないと困るとか、そういうことを言われるかもしれんということじゃ」
「……?」
師匠は、ほっほっといつものように笑うと、話をそれで切り上げて客から持ち込まれた義肢の修理をはじめた。わたしもドレスから元の普段着に着替えて、まだ手を付けてなかった品の修理にとりかかる。
そうこうしているうちに日が暮れ、わたしは家に帰ることとなった。
「それじゃあ、お疲れさまでした。師匠」
「ああ、気を付けての。クロード様の件は、まあ一晩ゆっくり考えてみることじゃ」
「そんなの、考えるまでもありません」
「そうか?」
「ええ。やはりわたしひとりでは、まだお城には行けません。無理です」
「ふむ……」
師匠は自分の白いあごひげに手をやると、斜め上を見上げた。
「まあ、なにごとも……経験じゃよ。それにこれからはお前さんを含め、後進の者たちが中心となってこの街を回していかねばならんのじゃからの」
最後の師匠の話はよくわからなかったけれど、わたしはなんとなく死んだ両親のことを思い出していた。
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