5 第一王子クロード様

「クロード。お前はいったい何人、自分専属の技師をクビにすれば気が済むのだ? たとえこの者を譲ったとて、どうせまたすぐ追い出すに決まっておる」

「……」


 王様にたしなめられて、青年は渋い顔をしている。

 やはり、この方は王様の第一子であられるクロード・ボールドウィン様だったようだ。


 王様の口ぶりでは、専属技師をしょっちゅう入れ替えられているそうだが……。寛大でお優しいと言われている王様でも、さすがに眉根を寄せられている。


 正直、作業中だったわたしもあまりいい印象を抱かなかった。

 なぜならわたしは、この城に来たのが・・・・・・・・今日が初めて・・・・・・だったからだ。ただでさえ緊張しているのに、余計な邪魔が入ったらこれからどんな失敗をしでかすかわからない。


 しかし、クロード様はわたしたちの事情などいっさい気にせず、ふたたび言いつのられた。


「今までの者たちは……俺への態度がまるでなっていなかったからしかたなく解雇したのです。しかし、その娘は遠目から見ただけでも父上の義肢をとても丁寧に扱っていた。父上、重ねてお願い申し上げます。どうかその娘、俺に譲ってくださいませんか!」


 クロード様はそう言って、右手の義手をご自分の胸の上に置く。


「そうは言ってもな。この者は私専属の義肢装具士の弟子、あくまで一時的に代理で来ただけの者なのだ。私の一存ではどのみち決めかねる」


 そう。わたしは師匠の代理で来ただけの、まだまだ未熟な義肢装具士でしかなかった。まだ師匠のように複雑な修理や改良ができるわけじゃない。それに、今日一日だけと決めてやってきた。


 だから王様、どうか王様だけの一存で断ってください! そんな面倒そうな依頼、師匠の意見とか訊かなくていいですから。だから、さあ、いますぐ!


「……わかりました。ではその者の師が良いと言ったら良いのですね?」

「へっ?」


 クロード様がそう言って、こちらを向く。


 ――ど、どうしてそうなるのっ!?


 しかし至近距離までやってこられると、わたしは自分の立場を忘れ、王子の顔に見入ってしまった。ものづくりをしているためか、綺麗なものにはめっぽう弱いのだ。ついつい細部まで観察してしまう。


 ――あ、彫りが深い。まつげもとっても長いわ。瞳なんてまるで宝石のよう……。


 クロード様は呆けたようになっているわたしに、落ち着いた声で話された。


「俺はこの国の第一王子、クロード・ボールドウィンだ。君をぜひ、俺専属の技師にしたい。ひいては君の師匠にその許可を得てきてもらえないか?」


 えええーーーっ。無理無理無理無理!


 でも、このなんともいえない低い声。

 いままで気付かなかったけれど、この人、もしかして声まで美しくない?


 わたしは混乱しきった頭で、必死にその言葉の意味を反芻した。

 俺専属の義肢装具士……師匠に許可……。


「そういうわけで、明日までに返事を頼む。――ではな」


 ハッとすると、クロード様がそう言って颯爽と去っていかれるところだった。

 わたしはまだしばらくポカンとしたままだったが、目の前で王様に手を振られて一気に現実に引き戻される。


「大丈夫か? 我が息子が、急にすまぬな」

「あっ、いいえ……」

「あやつの言うことはあまり真に受けんでよい。私よりも呪いの進行が遅いので、いまはゆっくりと後続の義肢装具士を探しているところなのだ」

「そ、そうだったのですか」

「しかし、興味があるなら試してみてもよいぞ」

「えっ?」


 わたしは思わぬことを言われて、王様を見つめかえす。


「なに、あやつは気難しいが、お主のいい練習台になるのではないかと思ってな」

「れ、練習台だなんて! お、王家の方に……めっそうもございません!」

「はっはっは。しかしまあ、あやつは戦後生まれ。メンテナンスは一週間ごとにではなく半月に一度だ。その利点はよくよく考えた方がよい」

「は、はあ……」


 王様にそう言われたが、わたしはあいまいに言葉を濁した。

 戦後生まれの方は、たしかに直接戦争に行った人よりも呪いの進行速度が遅くなる。見習いが継続的にメンテナンスをするにはうってつけの相手だ。でも、いかんせんあのお顔では……仕事にならなくなりそうだった。

 なんとか気持ちを持ち直し、わたしは残りのメンテナンスを終える。


「では、だいたいこれで以上です」

「そうか。ご苦労だった」

「はい。では、失礼いたします」


 一礼をしてから応接室を出ると、廊下には、なんとわたしをまるで待ち構えていたかのようにクロード様がいらっしゃった。

 驚きのあまり、わたしは「ひっ」と思わず悲鳴をあげてしまう。


「なんだ、人をおばけみたいに。失礼な奴だな」

「……も、申し訳ございません」

「終わったのか。ならついでに外まで見送ろう」

「えっ!?」

「なんだ、不服か?」

「い、いえ」

「じゃあつべこべ言わず、ついていかせてくれ」

「はあ……」


 ついていかせてくれ、とはまた変わったお願いである。わたしはクロード様の真意がわからず戸惑ってしまった。


「あ、あのう……」

「なんだ?」

「ひえっ! あ、あの、さきほどのことなのですが。どうしてわたしなんかに、その……専属になってほしいだなんておっしゃったんですか? 陛下からもお聞きになられたように、わたしは未熟で……」

「なあ、君はこの城の衛兵どもをどう思う?」

「え?」


 クロード様は歩きながら、ロボットの衛兵たちを視線で指し示す。


「あ、はい。蒸気機関で動くロボット……ですよね。こんなにたくさん、すごいです」


 ロボットはいたるところに配置されている。あれはたしか、一体何十万もする高級警備ロボットのはずだ。

 これだけの数を保有しているのは、それだけ資産があることを差し示している。しかし、クロード様はどこか残念そうなお顔をされていた。


「だがこれは反対に……人間の使用人をほとんど置いていない、ということでもある」

「あっ」


 言われればたしかにそうだった。衛兵以外にも人間の使用人がいていいはずなのに、さっきから一人も見当たらない。


「これがどういうことかわかるか?」

「えっ……」


 じっと、深い青の瞳がわたしを見つめている。

 クロード様はよりいっそう、穏やかな声で話しはじめられた。


「あの戦争以来、我々王族は多くの国民から恨まれるようになってしまった。王自らも呪われたが、問題はそこじゃない。ああいう攻撃を受けてしまったことへの責任を、ずっと問われつづけているんだ。そうなると……なかなか心を許せる者がいなくなってしまってな」

「殿下……」


 そうか、そういうことだったんだ。


 このお城で働いていた人たちは、たとえ自らが徴兵されなくても、家族の誰かが戦場に連れていかれれば、その者は呪いにかかってしまったのだ。

 そうなると、憎みたくなくても王族を憎むようになってしまう。

 そしてそのことが、主従の信頼関係を壊すきっかけになったのだろう。


 忠誠心が感じられなくなったと気付いたとき、クロード様たちはどれほど心を痛められただろう。上に立つ者として、これ以上にショックなことはなかったはずだ。だからこれ以上辛いことが起きないように、人間よりもロボットを雇うようになったのだと思う。


「それで、わたしにお声がけを?」

「ああ。あの手つきから、君は我々王族を憎んでいないとわかった。父上が信頼する技師の弟子だから、というのもあろうが……君ならきっと、俺にも私怨抜きで接してもらえると思った」

「そうでしたか」

「さきほどは急な勧誘をしてすまなかった。だが、本当に今一度よく考えてみてほしい」

「……はい」


 城の出口までくると、クロード様はそこで一旦立ち止まられた。

 わたしは商売道具の入ったバッグを持ち直す。


「あの、殿下」

「なんだ」

「わたしがどのようなお返事をするかは置いておいて、ですね……」

「ああ」

「国民が王家の方々を恨むというのは、やはりなにか違うと、わたしは思います。本来なら隣国を責めるのが筋――」

「君はそうでも、実際に体を蝕まれた者にとっては違うのだ。またその家族も。隣国より身近な権力者にその矛先を向ける。そういうものなんだ」

「わたしにはよくわかりません」

「とにかく。いまは俺と普通に接することができる者を必要としている。君、名前は?」

「アンジェラ・ノッカーと申します」

「アンジェラか。良い名だ。では、色よい返事を待っているぞ」


 そう言って、クロード様は元の場所へと引き返されていった。

 わたしはその背に向かって深くお辞儀をする。


 師匠に、このことをなんて伝えよう。

 わたしはエスカレーターを下りながら、眼下に見える噴水を漫然と眺めていた。

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