4 いざ王城へ

 普段着から深紅のドレス、ゴーグルの代わりに小さな飾り帽、ジャンプブーツの代わりに真鍮のハイヒール――に着替えたわたしは、さっそくお城へと向かった。

 ただ、商売道具の入ったバッグだけは背負うとかなり不格好になったので、しかたなく手提げで持ち運んでいる。


「ああ、それにしても歩きにくいっ!」


 上層地区のアーケードをつっきりながら、わたしは店のショウウィンドウに映った自分を複雑な心境で眺めていた。

 そこにはたしかにお姫様がいた。いつものショートパンツと違い、足首まであるロングスカート。中に仕込んだバッスルがドレープを美しく見せているけれど、気恥ずかしさの方が勝って妙に居心地が悪い。


「とっても素敵なドレスだけど……これ、作業には支障ないのかしら」


 そんな不安も押し寄せてくる。

 ただでさえ初仕事なのに、変なところでつまづいたり動けなくなったりしたら目も当てられない。わたしは大きく深呼吸をすると、不安をはらうようにお城へと続く坂道を急いだ。



 ◇ ◇ ◇



 城門に着くと、ロボットの衛兵に通行証と身分証の提示を求められる。

 わたしは師匠から預かったカードと、自分のIDカードを見せた。


「ハイ、タシカニ。代理ノオ弟子サンデスネ。ドウゾオ通リクダサイ」


 真鍮しんちゅうで出来たロボットに促され、中に入る。道の両側には綺麗に剪定された庭木が並んでいた。これらもすべて、蒸気機関で動くロボットが管理している。チャカチャカとはさみを動かすサル型のロボットは、わたしの視線に気づくと、なぜかあわてて木の陰に隠れてしまった。

 先へ進むと広い噴水広場があり、さらにその向こうには空中戦艦型の王城がある。


 いつもは街から見上げているだけのお城だったが、こうして近くで見るとものすごい迫力だった。

 船型の機体には、強化ガラスに覆われた見張り台が何ヶ所かある。そしてその上には、青空を映す温室の天井が。


「コチラデス。アンジェラ様」


 戦艦の下部には、よく見ると機内に乗り込む用の大きなエスカレーターがあった。そこで待機しているロボットに呼ばれる。


「は、はいっ、ただいま参ります!」


 走るとやはり、慣れない靴なので脱げそうになった。ロボットには「オ急ギニナラナクテモ大丈夫デスヨ」と気遣われるが、本当に気恥ずかしくてしょうがない。お城の中に入ると、すぐに専用の応接室へと通された。


「うわあ……!」


 そこは先ほど外からも見えていた、見張り台のある部屋だった。一面大きな窓がついていて、上層地区の街並みが一望できる。


 部屋の中にも植物がたくさんあり、真鍮で出来た機械式の鳥や蝶が飛んでいた。部屋の中央には、高級そうな黒いソファがふたつ。どんとL字に置かれている。わたしはそこで座っているよう命じられた。あまりにも浮世離れした空間に言葉もない。


 やがて、この国の王様が――ロベルト・ボールドウィン様がやってこられた。


 王様は王様らしく、白銅色の短髪の上に大きな冠を頂いている。服装はメンテナンスをしやすいよう、脱ぎ着がしやすそうなものをお召しになられていた。灰がかった青の瞳が、わたしを鋭く射る。


「来たか。ジョセフの弟子よ」

「あっ、お、お初にお目にかかります。ジョセフ・ライトの工房で働いております、アンジェラ・ノッカーと申します。この度は、師が大変ご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません!」


 わたしは立ち上がるとカテーシーもそこそこに、すぐに頭を下げた。

 すると王様は声を上げてお笑いになり、ひとまず座るようにと命じられる。わたしは王様と一緒にやってきた五体の衛兵ロボットたちに囲まれつつ、ソファに座り直した。


「よいよい。楽にせよ、アンジェラ。お主も師が突然このようなことになり、さぞや困惑したことだろう」

「は、はい……」


 王様はそう言って、優しい微笑みをわたしに向けられる。緊張していたが、そのご様子に少し冷静さをとりもどすことができた。

 王様は師匠から聞いていた通りのお姿だった。両腕と両足、その大部分が義肢に変わっている。しかしそれを実に器用に操られ、わたしの右斜めのソファに座られた。


「あやつはもう年だからな。いつかはこうなると思っていた。それで? あの男の容体はどうだ」

「あ、はい。ぎっくり腰ではありますが……多少は動くことができるので、一週間もすれば治るかと」

「ふむ。そうか。それは良かった」


 王様はそう言って、白銅色のあごひげを撫でる。


「あの……へ、陛下の義肢の具合はいかがですか?」

「ああ、一週間前とあまり変わらぬな。あまり外出をしなかったせいだろう」

「そうでございますか。あの……ひととおり、診させていただいてもよろしいでしょうか」

「もしや今日は、お主がジョセフの代理をするのか?」

「はい。おそれながら。まだまだ未熟な技師ではございますが、師匠からはねじを締めたり油を差すくらいの許可は得ております」

「そうか。あの男がそう言うのなら、任せていいのだろうな。ではさっそく頼む」


 王様は立ち上がり、両腕の義手をさっそく前に出された。

 わたしは床に置いていたバッグから道具一式を取り出し、コルセットや肩に装備する。


「ほう。なかなか手際は良いな」

「も、もったいないお言葉です……では、拝見いたします」


 肩につけた拡大鏡のアームを目元まで持ってきて、さっそく王様の(※)真鍮しんちゅう製の義腕を観察する。

 腰の道具入れからドライバーを出し、ねじの締まり具合を確認する。ゆるいところは即座に締めなおし、動きがスムーズになるかを試す。


「陛下、右腕と左腕をそれぞれ曲げ伸ばししてみてください」

「ああ」


 そうやって不具合をひとつひとつ直していると、部屋に思わぬ人物がやってきた。



「失礼いたします」



 誰だろう? この城に詰めている兵士だろうか。黒の軍服を着ている。

 その人物は足早にわたしたちのもとへとやってきた。


 とても美しい、背の高い青年だった。王様と同じく、白銅色の短髪に泉の底のような青の瞳をしている。そして、右腕が機械式の義手となっていた。


「父上。大変勝手なお願いではありますが……どうかその娘を俺に譲ってはいただけませんでしょうか?」


 へっ? 父上? ってことは――。

 てか娘って、わたしのこと? 譲る、って何!?

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