第35話 幼馴染と幼馴染の親友が喧嘩をしてしまう
日を跨いでとうとう迎えたテスト。風邪が良くなった日立さんは、この日も僕のことを軽い声かけで起こすに留めていた。普段だったら、身体のどこかを触ったりくすぐったり、何かしらの独特な方法を使うはずなのに。
テスト自体は、僕は普段から勉強をしていることもあって、何事もなく平穏に終わらせることができた。
勉強を教えることもあった、光右と佐和君も、気持ち「なんとか凌いだぜ……」みたいな顔色をしていたので、多分どうにかなったんだろう。だといいんだけど。
四日間に渡る期末テスト最終日、最後の教科が終わった瞬間、教室の空気は一気に弛緩した。緊張と制限と、すぐ間近に控えた夏休みへの期待が混ざって、ちょっと小さなお祭り騒ぎだ。
「テスト終わったな、廻。お疲れー」
そんな雰囲気に乗っかるように、光右はひとり荷物をカバンにしまう僕に話しかけにきた。
「う、うん。お疲れ様……」
「夏休みさ、俺が部活休みのとき、札幌に遊びに行かないか? こういうときでないと、遠出なんてできないし」
「さ、札幌……か」
「神立と高浜、札幌遊びに行くのか? だったら俺も行きたいわ」
すると、その輪にすぐさま佐和君も入って、三人での会話になる。
「お、佐和も行く? 部活の日程出たら教えてくれよ、日にち合わせるからさ」
「いいね、あ。そうだ、それだったら、高浜にラーメン奢るってやつ、札幌ラーメンにしてもいいかもな。美味い味噌ラーメン食べたくないか?」
「えっ、ま、まあ……うん。そうだね」
僕が多少答えに詰まりながらも、そう頷いたことで、運動部のふたりは「決まりだな」とアイコンタクトを取っては、スマホで色々と遊ぶスポットを調べ出す。
「はーい、みんな席についてー、ホームルーム始めるよー」
そんなタイミングで、担任の先生が教室にやって来たので、蜘蛛の子を散らすように騒ぎは一気に収束した。光右と佐和君も、もちろん一旦話を止めて、自分の席に戻る。
「テストが終わったらすぐ夏休みだけど、その間にも授業はあるから、あまり浮かれ過ぎないようにね──」
軽い連絡事項を話して、ホームルームは終わり、すぐに放課後となった。僕ら三人は軽く遊びの内容について相談をして、光右と佐和君は部活があるということで、じきにグラウンドへと練習に向かっていった。
「じゃあな、廻」「また明日な、高浜―」
「う、うん、またね──……さ、僕は帰るか……」
図書室は……一応寄っておくか。……多分、行ったところで、日立さんはいないだろうけど、小木津さんとは話をしておきたい。……「ひっくん」絡みのこととか、色々。当番じゃなかったら、それはそれで別に日を改めればいいだけの話だし、なんだったらラインをして約束を取りつければ済むこと。
「よいしょ……っと」
普段より軽いカバンを肩にかけて、僕は図書室へと歩き出す。部活に向かう生徒、廊下をモップがけしている掃除当番の生徒、これから帰ろうとしている生徒、色々な人たちが校内を動き回っている。放課後始まってすぐの、この時間が、恐らく一番学校が賑やかになるタイミングだと思う。
そんな喧騒をかき分けつつ、人気が少ないエリア、図書室へと僕は踏み込む。ドアを開けて、なかに入ると、
「──だからっ、陽菜乃ちゃんには関係ないって言ってるでしょっ!」
とても図書室での声量とは思えない、金切り声が僕の耳に飛び込んだ。
「関係ないって、どういうこと……」
姿は見えないけど、日立さんと小木津さんの声で間違いない。
「……私のことだから、だよ……」
な、何を言い争っているんだ……? 仲が良いふたりが、喧嘩するって……。
「で、でもっ。今まであんなに高浜さんと仲良かったのに、急に避け始めるなんてやっぱりおかしい! だって、ふたりはり──」
「それ以上言わないで!」
……彼女たちの言い合いは収まることをせず、ただただ平行線を辿っている。……というか、僕絡みのことだったのか。
どうする、間に入るべきか? それとも今日のところは一度帰って、また後日ってことにしておくか?
ふたりからは見えないところで、僕が悩んでいると、
「そっ、そもそも陽菜乃ちゃん、私のことに干渉しすぎだと思う。お節介もほどほどにしてよ──」
日立さんは、話の矛先を小木津さんへと転換させた。
「──じゃないと、めいわ……」
完全に頭に血が上っているのか、日立さんの口から出るとは思えない言葉が放たれようとしていた。
……それはいけない。
瞬間的に飛び出した言葉のせいで、ふたりの仲が悪くなるのは、良くない。
直感的にだけど、僕はそう思って、陰から飛び出してふたりに介入する。
「あっ、あのさ、と、とりあえず一回落ち着こうよ」
ありきたりななだめ言葉を口にしつつ、僕は飛び出した。
ちょうど視線の先だったからか、小木津さんはすぐに僕の姿を認めて、ハッとした表情になる。しかし、小木津さんと正面から向き合っていて、僕に背を見せている日立さんはなかなかこちらを振り向いてくれない。
「……小木津さんも、日立さんも、ひとまず、ちょっと座ろう? ……熱くなりすぎて、思ってもないこと言っちゃうかもしれないし」
再度、僕は声を掛ける。……ただ、日立さんは無反応のまま。
む、無視されてる……? あ、あれ……? 僕、もしかして嫌われた……のか?
日立さんの反応を見て同じことを思ったのか、小木津さんが、
「ちょっと茉優、いくらなんでも無視はひどいんじゃ……」
僕のいるほうを腕で示して、そう言う。
「……え? む、無視? だ、誰かいるの……っっ!」
ようやくそれで後ろを見てくれた日立さんと、僕の目が合った。
ただ、日立さんはまるで初めて僕の存在を認識したように驚いた顔を浮かべ、やがて口元に手を当て微かに体が震えはじめる。
「……た、たっくん……いたの……?」
さっきまでの強い口調から一転、途端にか弱い声になった日立さんは幽霊でも見つけたくらいに顔を青ざめさせた。
「いたも何も、さっきから落ち着いてって言っていた……じゃない……え?」
「……そ、そんな……っ!」
「ちょっ! 茉優! 待っ!」
すると日立さんは、その場からバタバタと音を立てて、図書室から逃げ出していった。残されたのは、僕と小木津さんと、少しだけ散乱した閲覧席の椅子。
「……ごめん、何が……起きているの……?」
まったくもって状況が理解できない僕は、困り笑いを作って目の前の小木津さんに尋ねる。
「……すみません、ちょっと、頭のなか、整理させてもらっても……いいですか……?」
憔悴しきった様子の小木津さんは、へなへなと近くの椅子に座り込んで、テーブルに肘をついて頭を抱える。
彼女が再び話を始めたのは、それから一時間くらい経ってからのことだった。
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