第30話 幼馴染の親友がどこまでも察しがよすぎる
それからというもの、本当に日立さんは僕を朝起こすだけで、一緒に学校に行くことも、帰ることもやめてしまった。
今までは起きるとすぐに、日立さんの純粋で、底抜けに明るい表情が目に入っているはずだったのだけど、ここ最近はどこか顔色が曇っているようにしか思えない。
確かに今は七月の頭。本州で言えばまだジメジメとして憂鬱な気持ちにさせる梅雨が続いている季節だ。でも、ここは梅雨がない北海道だ。それに、一年中春なんじゃないかってくらいほんわかとした日立さんの顔に、影が落ちるのは似合わない。……たった三か月のことしか、彼女のことは知らないけど、そう思えるくらいには彼女の笑顔を信用もしていた。
「……じゃあね、たっくん。また明日」
か細く、今にもプツンと切れてしまいそうな声で、「また明日」なんて挨拶を朝に聞くなんて、誰が予想しただろうか。
「……うん、また明日」
寂しそうに口にする日立さんの背中を、僕は寝ぼけ眼をこすりながら眺めていた。
ひとりで進むようになった通学路。朝のこの時間は、同じ制服を着た生徒が何人も見える。そのなかには、日立さんの親友である、小木津さんの姿もあった。
徒歩通学の小木津さんは、自転車に乗っている僕のことを見つけるなり、すぐに話しかけてきた。
「おはようございます。高浜さん」
「……お、おはよう」
す、少し声がピリついているような……?
僕は隣にやって来た小木津さんを見て、一度自転車から降りて押して歩き始める。
「……最近、茉優に元気がないんですが、何か高浜さん知りませんか?」
そして、単刀直入に彼女は僕にそう疑問を投げかける。
「……図書室にも来なくなりましたし、それに、そもそも高浜さんと一緒に登下校もしていないですし」
「……そ、それは」
「教室でも、いつもはマイナスイオン振りまいている茉優が、今だと物静かに教科書読むような子になっちゃって……」
ま、マイナスイオンね……。まあ、なんとなくわかるけども。
「茉優の癒しがないと、死活問題なんですよね……私」
それはなんとなくでもわからないなあ、僕は。
今にも死にそうな表情を作った小木津さんは、喉カラカラの旅人が水を求める要領で「茉優……茉優……」と小さく口にする。軽くホラーだ。
「……神立光右、知っているよね?」
ちゃんと説明しないと駄目だと判断した僕は、ちょうどタイミングよく訪れた信号待ちの際に、彼女に尋ねた。
「はい、高浜さんの、親友の」
「……光右が、僕と日立さんが会うのを良く思っていないのも?」
「ええ。見ていればなんとなく」
「……光右に、一緒に登下校しているのがバレて。それで、日立さんが光右に怒られた、みたいで。……しばらくは、別々に学校行こうってことになったんだ」
ひとまずの説明を終えると、ひとつため息をついた小木津さんは、顔を左右に小さく振ってから、
「そういうことだったんですね。……いえ。もしかしたら、茉優と高浜さんが喧嘩でもしたのかと思っていたので。なるほど……しかし、それは厄介なことになりましたね」
目を細めてそう呟いた。
信号が切り替わって、僕は視線を小木津さんから自転車のハンドルへと移し、前を向きつつ話を続ける。
「……光右がそうする理由がわかれば、僕もなんとかできるかもしれないんだけど……わからないから、どうすることもできなくて……」
「……まあ、茉優が結果、一緒に登下校しない、って選択をしているなら、茉優の判断を尊重しますけど……。一応、様子は見ておきます。でも……」
「でも?」
「……高浜さんで開いてしまった茉優の心の穴は、高浜さんでしか埋められないってことですよ」
一拍置いて告げられた言葉は、まるで大事なことを伝えるかのように、ゆっくりと、嚙みしめるように言われた。
「……そ、そんな大層なものかな」
あまりの物言いに対し、僕は思わず苦笑いとともに掠れた声で返したけど、小木津さんは真剣な面持ちのまま、
「……茉優にとっての高浜さんは、それくらいの存在ですよ。きっと」
最後には、ニコリと表情を崩した。母親のような、そんな優しさを含んだ笑みだった。
「あまり長い間一緒にいると、変な噂が立っちゃうかもしれませんね。いいですよ。私のこと置いて、先に自転車で学校行かれても」
すると、もう話したいことは終わったからか、小木津さんは周りを気にする仕草を見せた。
「……今までも一緒に茉優と高浜さんは一緒に登下校していたのに、急に神立先輩が気づいたのは話がうますぎます。きっとこの間の体育祭で高浜さんが目立ったがゆえにこういうことになったんですよね? だとするなら、今このタイミングで私とふたりでいるところも見られないほうがいいかと。……茉優の心情的に」
みなまで話していないのに、この洞察力はさすがと言うべきだ。まあ、ことを荒立てないという意味でも、小木津さんの言う通りにしたほうがいいだろう。
「わかった。じゃあ僕はもう行くよ。ありがとう」
「いえ。……茉優のためですから」
彼女の声を背中に、僕は再びサドルに跨り、ペダルを回し始めた。あっという間に
小木津さんとの距離は開き、すぐに学校に到着。自転車に乗る距離がいつもより長かったからか、ちょっと早めに教室に入ることができた。
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