第23話 幼馴染と親友がバチバチやる(改稿済)

「ほらっ、たっくん、はやくはやくっ」

 グラウンドに出た僕の右手を、日立さんは小さな手でしっかりと掴んでは、ゴールテープのあるほうへと走る。


「ちょ、お題っ、何だったのっ?」

 僕もそれについていきながら、苦し紛れに尋ねる。

「へへっ、それはゴールしたらわかるよっ」

 それはそうだけど……。


 っていうか、ちょっと周りから飛んでくる視線が痛い痛い。日立さんが真っ先に借り人を見つけたから、目立って当然なんだけど、それは計算してなかった……。

 それに、この様子を光右が見ていたら怒られるんじゃ……? 割と本気で。

 い、色々この借り人、大丈夫なのかな……?


 歓声が飛び交うグラウンドの上、そんなことを頭のなかで考えながら日立さんに手を引かれていた。

 ゴールまでの距離はそんなにないから、すぐに僕らはゴールテープを切った。さっきの光右のときと同じように放送委員のインタビュアーが近づいてくる。


「はいはーい、ではお題を確認しまーす。えっと、なになに……」

 インタビュアーの女子生徒は一瞬僕の顔を見て温かい目を浮かべたけど、すぐに切り替えて「『一番仲が良い先輩』ということで、水色のジャージを着ているので二年生、はい、オッケーでーす」とマイクで言い、次のゴールした二着の子のもとへと移動した。


「……日立さん、よかったの? ……そ、その、僕を選んで……」

 ゴールから観覧席に戻る順路に入りながら、前を歩く彼女に僕は聞いた。

「へ? どういうこと?」


 僕の問いに対して、やや呆けた感じにこちらを振り返る日立さん。後ろ歩きになったことで、ふとバランスを崩しかけて、「おっとっと」と片足跳びをする瞬間もあったけど、ことなきを得た。


「……そもそも、光右に見られているかもしれないし、第一、『僕』が一番仲良い先輩って……」

 グラウンドを走ったことで、ちょっと砂にまみれた運動靴を見下ろしつつ、僕は言う。


 それを言ったら朝の通学とか、放課後に一緒に下校しているのもそうなんだけど。まあ、これらに関してはあまり他人に見られてないっていう言い訳は成り立つ。


「んー、別に周りの反応気にしていたらきりないし……他に仲が良い先輩なんていないし。私は別になんとも思ってないからそれでオッケーなんじゃない? 神立先輩にも、そうやって誤魔化すつもりではいるけど」

「……そ、そっか……」


 日立さんらしい言い回しだ。いい意味で他人の目を気にしないし、マイペース。彼女ならそう言ってもおかしくはない。

「……そんで? 言い訳はそれだけか? 日立」


 すると、前のほうから圧のかかった低い声が飛んできた。俯き気味だった視線を恐る恐る上げると、

「最近あまり見ないなって思ったらやっぱり体育祭でやらかしてきたな。廻には関わるなって言っただろう?」


 腕を組んで仁王立ち、そして眉間に皺が寄っている。これで怒っていないと判断できる人は百人いてひとりもいないだろうって顔をした光右が僕らの道を塞いでいた。

「そんなこと言ったって、他に知り合いの先輩いないから仕方ないじゃないですか。私帰宅部だし委員会も入ってないですし」


 ……敬語使う日立さん、なんか珍しい。まあそもそも光右とは僕を介さないと関わりがないレベルだって話だし、砕けてなくても不自然ではない。

 というか、僕に対してが砕けすぎなんだよな……きっと。


「そっ、それは……」

「それとも、先輩は私がクラスのハアゲン獲得の邪魔をしろって言うつもりですか?」

 ああ、それなりに正論だから光右が言葉に詰まっている。唇を噛んで答えに窮しているのが丸わかり。


「……わ、わかったよ、これに関しては俺から文句は言わねえよ」

「わかっていただけてありがとうございます」

 してやったり、と鼻を膨らませて自信たっぷりな顔をする日立さん。


「ただ、この件に関して、だけだからな? これからも廻とは関わるんじゃねえぞ?」

 が、その表情は光右の次の一言であっという間にしぼんでしまう。

「……何が起きるか、わかったものじゃねえんだから」


「……不本意ですが、仕方ないですね」

「ほんとにわかってるんだろうな?」

「わかってますってー。信用されてないみたいで悲しいです、私」


 顔がしぼんだり、おどけてみせたり、表情が豊かなことこの上ないよね……日立さん。光右はムスッとしたままだけど。

「ほら、行くぞ廻っ」

 もう話は終わりだと言うように、光右は僕の腕を取って観覧席に先に戻ろうとする。


「う、うん……」

 チラチラと光右に気づかれないように日立さんの様子を見るけど、日立さんも日立さんで光右にバレないように「じゃあねー」と小声で呟いてこっそり手を振っている。

 ……こりゃ、光右の言うことを聞くつもりは皆無でしょうね……。ははは……。


「……ご、ごめん、急に頼まれたら断るわけにもいかなくて……」

 かれこれ少し歩いているうちに、気まずい空気が僕と光右の間に流れて、たまらず僕は頭を下げる。


「……いや、まあどうしようもない側面もあるし……。にしたって……まさか俺がいない間のお題で当てるとは思わないし……」

 段々と観覧席のビニールシートが近づいていき、耳に入る喧騒も大きくなる。そういったなか、


「前も聞いたかもだけどさ……。どうしてそこまで日立さんが僕に関わるのを嫌うの? 光右は」

「……色々あるんだよ、色々」

 そんなやり取りを挟むけど、光右は歯切れ悪い返事しか口にしない。


「……色々、なんだね……」

 その色々、が重要なんだけど……粘っても答えてはくれないんだよね……。だからこその行動なんだろうけどさ……。



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