第13話 親友が妙に鋭くてヒヤヒヤする(改稿済)

 それから、雪が融けきって街に桜のつぼみが膨らみ始めたときも、シラカバの花粉に悩まされる人が増える時期になっても、日立さんは平日の毎朝同じ時間に僕を起こしに来た。それこそ、毎日違う方法で。……本当に百日過ごせば全部のパターンを体験することができるのだろうか。


 春のポカポカ陽気が進んで着込む上着も薄くなるにつれて、反比例するように日立さんは薄桃色の笑顔の量を増やしていった。……いや、もともと笑顔を絶やさない子ではあるのだけど、ここ最近はとくにそれが顕著なわけで。

 そんな彼女の雰囲気に、僕は少しずつだけど、親しみを覚えるようになった。


 初めこそ赤の他人みたいに、ちょっと振り回されるがままになっていたけど、ここしばらくは彼女の醸し出す柔らかい空気を楽しむ余裕さえできはじめていた。

 帰りは図書室で待ち合わせるようになり、やはり一緒に下校を繰り返した。たまに掃除当番などでタイミングがややずれることもあるけど、ほぼ毎日、同じタイミングで家に帰っていた。光右の部活が休みの日はさすがに無理だったけど。


 光右は光右で日立さんがここ最近僕の近くに現れていない、と認識してはいるようで、しかし日立さんが簡単に言うことを聞くかどうかという点についても訝しんではいる。そこらへんの勘は鋭い。


 ただ、部活で帰りの時間が光右と僕は揃わない、ということもあり、まだこっそり会っていることに関しては気づかれていない。ちょくちょく口では聞かれるけどね。「日立とは会ってないよな?」って。


 そんなふうにしてゴールデンウィークも明けた五月の中旬。

 この日も例によって、放課後になると僕は日立さんと待ち合わせの図書室に向かおうとしていた。しかし。


「あー、タンマタンマ、廻。俺今日部活が急に休みになったからさ、帰ろーぜ」

 カバンを左肩にかけて廊下に出かけていた僕を、光右が呼び止めた。

「……え? まじ?」


 まずいな……だとするなら連絡しないと、日立さんが待ちぼうけになってしまう。恐らく、「僕は図書室に行くから先に帰って」と言うと、光右はそれについていくだろうし。


 今日は光右と帰るしかない。嫌ではないけどね。

 とりあえず、まずはラインしておかないと……。

 ポケットからスマホを取り出して、日立さんとのトーク画面を呼び出そうとしたけど、


「あっ、そうだ廻。帰りに本屋寄ってこーぜ? ジョンプの最新刊の発売日今日だし」

 光右が僕の肩を組んで来たので、慌ててスマホの画面を閉じる。危ない、危うくラインしているのが見られるところだった。ちょっとヒヤッとしたなあ。


「ん? どうした廻。慌ててスマホ隠して。もしかして、エロ画像でも回ってきたの見てたのか?」

「いきなり肩組まれたらそりゃスマホも閉じるよ。あと別にそういうの見てたわけじゃないし」


「まあまあ。そうカリカリするなって。さ、行こうぜ」

「う、うん……」

 うわあ……。どうしよう、連絡するタイミング逃しちゃったよ。どこかで時間を見つけて日立さんに謝らないと……。


 とは思うけど、自転車に乗りながらスマホなんかいじれるわけないし、というかいじったらまずいし、光右が途切れることなく話題の種を蒔くからなかなか隙は生まれない。


 そんなふうにして駅前のショッピングモールに到着。自転車を降りると同時に僕は、

「ごめんっ、さっきからちょっとお腹下っていて。本屋でしょ? 先に行っててくれない? トイレ行ってくる」

「お、おう。りょうかーい」

 わきめもふらずに一階の奥にあるトイレに直行。すぐに個室に籠って、日立さんに謝りのラインを送っておく。


 書店に向かい、雑誌コーナーで目当てのものを探している光右と合流。

「……腹下ったって割には早くないか? ちゃんと手洗ったか?」

「洗ったよ。なんでそういう発想になるんだよ」

「冗談だよ冗談。それよりさ、この表紙のグラビアの子めんこくね?」

 光右はケラケラと笑いながら、手にしていた漫画雑誌の表紙を僕に見せる。


「……ま、まあ……可愛い、んじゃないかな?」

 大抵そういう雑誌の表紙は水着の写真があてがわれていることが多く、この雑誌も御多分に漏れてはいない。

「ん? 反応が芳しくないなあ。廻ってこういう胸大きいタイプ好きじゃなかったっけ? 東京で変な癖でもついたか?」

「……勝手に僕の過去を改変しないでよ。別にそんな趣味を持った覚えは一度もないよ」


「……まあまあまあ。グラビアは二の次みたいなところはあるし。俺が一番読みたいのは今連載中のサッカー漫画の続きだしな。とりあえずこれは買いっと。廻は何か買ってくのか?」

「いや……引っ越してから何かと出費がかさんで財布が寂しいことになっているから今日はいいや」

「ふーん。学校では未だに俺しか友達いないのに、出費がかさむんですねえ」


 やべ。墓穴掘ったか? これでは暗に日立さんとまだ会ってます、って言っているようなものだ。実際、四月にここに来て以来日立さんとお金を使うってことはほとんどなかったのだけど、ニュアンスとしてはそう伝わってもおかしくない。

「…………」

 言い訳に僕が頭を悩ませていると、何かを勝手に察した光右はすまなさそうな顔をして、


「あー、悪い悪いって。もうすぐ体育祭もあるしさ。そこでクラスとも馴染んでいこうぜ? イベントがなんだかんだで人との距離を縮めるんだよ。だから安心しろって、な?」

 そう言って僕の右肩を優しく叩く。一瞬だけ、声にならない痛みが漏れそうになる。


 光右はどうやら、まだ友達がいない、の部分で失言をしたと思ってくれたみたいで、僕が今抱いた危惧には気づいていないようだ。……よかった。追及されていたら誤魔化せないところだった。


「……というか、体育祭って春にやるんだ」

「ま、小学校の運動会も春にやるしなー。高校もそんなもんらしいぜ。他の学校は知らないけど。クソ暑い夏にやらされるよりは余程マシだろ」

「……それは同感だね」

「よし、用事も済んだしこれ買って帰るか。早く漫画読みたいし」

「……うん、オッケー」


 光右は意気揚々とレジのほうへと歩き出したけど、ふとその足を止め、後ろにいる僕を振り返る。

「……ん? どうかした? 光右」

「……いや、なんでもない。ちょっと待ってて」

 しかし彼は何も言うことなく、またその歩みを再開した。

 ……気づかれてない、よね? 光右って鋭いところあるから怖いんだけど……。

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