第8話
照りつける日差しの中、ますます気温は上がっているようで、二人は影を探しながら学校への道を歩いていた。
その手には缶コーヒー。ちょっとしたブレイクタイムである。ちまちまと冷たいコーヒーを飲みながら、二人は話していた。
「三つ目は、なんでわざわざ男子トイレに逃げ込んできたのかってこと」笹川は言った。
「それは、たまたま目に入ったから。逃げてたらたまたま男子トイレを見つけてさ、あーもういいや!って割り切って逃げ込んじゃった(笑)」
「(笑)じゃねーよ……犯罪だぞ犯罪。もしらこさんが男で女子トイレに逃げ込んだとしたら、停学も有り得たんだよ?」
「いーの、その辺はしっかり弁えてるって。だってそもそも私、男じゃなくて女の子だし?学校では女の子って多目に見てもらえるんだよね。うん。というか、今停学になってないならなんでもいいじゃん」
「それは弁えてるって言わねえ……」笹川は呆れた。
「四つ目は?」櫻子が先を促す。
「えっと、なんで男子トイレに入る前に窓を開けたのかっていうこと……まあ、大体察したけど」
ふふん、と嬉しそうに、自慢げに櫻子は言う。
「あれはミスリードね」
「ミスリード」
「そ。窓から逃げたと思わせるためにね。すごく古典的な方法だけど、獲物の女の子を追い詰めた先に『開かれた窓』と『他学年の教室』、あと『男子トイレ』があれば、惑わせるには有効かな、と。まあ五階だったのは誤算、不運だったけど、どちらにせよ攪乱するには役立ったから、ヨシ!ってね」櫻子は言った。どこかの現場にいそうな猫ですが。
笹川は言う。
「で、次の五つ目が本題だね。最大の疑問も疑問、東大生でも皆目見当がつかないと涙目で地に伏すであろう超難問だね」
「……と、いいますと?」
「といいますと、だって?はぁ?そんなの、らこさんがなんでわざわざ鍵が閉まってて人が入ってること請け合いの個室の扉の上をぴょんと飛び越えて僕の頭上から勢いよく落っこちてきたのかってことに決まってるだろ!マジで訳分かんねーよ!アホか、ほんとに」
笹川の怒涛の言葉の来襲に、櫻子は少し怯む。
「な、なによ!確かに悪いのは私だけど、ち、ちゃんと理由も、あるんだからね!」
「ほーん、言ってみてよ」笹川が言った。
「まず、あの時の私は焦っていたっていうのが前提条件ね。焦っていて冷静な判断は極めて難しい状況だったと」
「もうその保険かけまくりの時点で、まともな理由が出てくる気がしないんだけど」笹川がつっこむと、櫻子はぴっと手を前に出し、一旦黙れ、先を続けさせろと暗に示した。
「……こほん。でね、私は窓を開けて、取り敢えず攪乱することで隠れる時間を確保したわけ。それで男子トイレに駆け込んだの」また口を挟もうとした笹川を無言で制す。「そうしたらさ、まあドアがたっくさん並んでるわけよ。ちなみに、あ、悠介ってさ、心理学とか心得てたりする?いや、心理学的にはね、私みたいな男子トイレに逃げ込んじゃうような、そういう大胆な性格をしてる人は、五択のときに真ん中を選んじゃうみたい。うん。そうらしくて。だから、選んだ真ん中の個室に、仮に人が入ってたら、まあそれはしょうがないと。やっぱりね、うん、それは心理学的にしょうがないって、証明されてんだよね」
……はあ、何を言ってるんだコイツは。そんなガバガバ心理学があってたまるか。明らかに根拠の無いことを言い訳にしている。
「ほんと根も葉もねーな。せめてもう少しマトモなことをだな……」笹川が言いかけるが、遮られる。
「ま、実を言うと、本当は私、わざと人のいる個室に入ったんだけど」
「!?」
「中に人がいたらさ、その人が入ってるからさ、その人が入ってることで私は入ってないって察するわけじゃん、さすがに」
「あ、ああ、さすがに、ね」うん、さすがにコイツ、ヤバすぎる。
「うん、だから、思い切ってやっちゃった(笑)」
「いや思い切り良すぎィ!マジで。いや、仮に僕がもしウンコしてたらどうするつもりだったのさ?」
「や、してなかったじゃん」
「仮にっつったろ」
「そりゃあ臭いで分かる」
「じゃあもし僕のウンコが無味無臭だったら?」
「無味ってなによ。無味は分からないけど、人間は雑食だから無臭なわけない」
「まあいいや」笹川は言った。「大体事情は分かったよ」
二人は見慣れた通りに出た。街路樹から溢れる木漏れ日に目を細めて、学校への道を進む。その道程では、先より人出は減っていた。
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