第4話
二人は廊下を歩いていた。
「今からコンビニ行かない?」と彼女は言った。
笹川は時計を見る。十二時四○分だった。
五時限目の始業は十三時だから、一応買いに行くだけの時間はあった。
笹川は、突然現れた彼女について、色々と聞きたいことがあったから行くことにした。
下階に降りる途中、彼女は周りを執拗にキョロキョロと見回していた。笹川は先から気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば、さっきノックしてきた男って誰なんだ?」
さすがに学校関係者だとは思うが、もし彼女がどこかの貴族の令嬢で、厳格で肩身が狭かった家が嫌になり逃げ出してきたが、ずっとボディーガードに付き纏われ、追いかけ回された果てに男子トイレへ逃げてきた、という状況だった場合も無きにしも非ず、ということだ。
しかし、彼女は人差し指を立て、言う。
「しっ!後で全部話すから。今はただ付いてきて!」
「……そう」少し期待外れの回答であった。
その後、彼女は前方を気にしながら、角を曲がるときは息を潜めて先を伺ったり、小走りも混ぜながら、なんというかスパイとか潜入捜査官のような格好で学校を出ることになった。終始、笹川は呆れつつも彼女の背中にぴったり付く形で付いて行った。
警戒していた割には何事もなく一階に出て、二人は靴箱の前で靴を履いた。
その時。
スタ、スタ、スタ、スタ、と。
ゾワっと背中に鳥肌が立つ。
それは、聞き覚えのある足音。
そう、あの男だ。覚えている。彼女を探していた男の……。
「来て!」
彼女は棒立ちで聞き耳を立てていた笹川の手をグイッと引き、校門へ向かって走り出した。
「やっぱりあいつか!」笹川は聞く。
「そ、そう!見つかる前に、急いで、早く!」
笹川と彼女の足の速さは、殆ど変わらなかった。
何も考えず、走る。先程までいた正面玄関から、真っ直ぐ直線に二十メートルほど進むと、二階食堂へ続いている橋の形をした連絡通路が、地上の道と十字に交差するように位置している。その下を通り抜ければ、もう校門である。
手を引かれるまま、二人は校門へ着いた。
「はぁ、はぁ……よし、バレる前に逃げ切ったかな」彼女は両手を膝に当て、肩で息をしていた。
笹川も息を整えた。
なんとなく、ちら、と後ろを振り返ってみる。
あの男の顔が気になったのかもしれない。どんな男なのか、気になるのも当然だろう。
笹川が振り向いた先の後方約十メートルほど。
全身から放たれる殺気というか、気迫というか、そういった少なくともポジティブなベクトルではない、ダイナミックな威圧感のようなものを身に纏う一人の男が、ゆっくりと此方に向かって歩いてきているのが見える。
まず目に入ったのが全身の黒スーツ。もし、彼が裏社会に精通していると言われても驚かない。むしろこの男が清廉潔白、疾しいことなど何もない方がびっくりしてしまうような、そんな第一印象である。
身長は一八〇センチメートルはあるだろう。肩幅が広く、アメフトやラグビーを学生時代にやっていそうな、とても体格の良い男が、スタスタと此方を見据えてやってくる……。
「なぁ……なぁ、もしかしてあの人って……」笹川はすぐ前で息を整えている彼女の背中をツンツンしながら、目線は後方の男へ、彼に指を指しながら聞いた。
「はぁ……うん?」彼女が振り向く。「……って、ば、バカっ!ヤバい!逃げるよ!」
また手をグイッと引かれた。
逃走劇の第二ラウンドが始まった。
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