第97話『商人貴族ジニス』
◇◇◇
実に高級感溢れる1室にて、1人の男が机に向かっていた。
髪は金髪で短め、歳は四十代中頃の美丈夫である。
とある中年にはオッサン以外の情報が一切なかった男、商人貴族のジニスである。
彼はアルバトラスにおいて勝ち組に属し、商人貴族と言う呼び名に相応しい程に優雅の生活をしていた。
無論青野が掴んだ情報の通り、その生活を支えるのは法から外れた連中との付き合いと人さらいによって集められた罪人でも何でもない奴隷達の血を金に換えているからだ。
何故、人さらいから買った奴隷を買うのか、それはハロルドが言った気性の荒い奴隷を嫌っているからだ、主人に反発する奴隷などさっさと殺してしまえと言う精神の持ち主である。
奴隷商人もこの世界では全うな商人とされる。買った奴隷を物以下に扱う様な人間に売れば、その奴隷商人も裁かれるのだ。
それ故に悪い噂が立ち始めた頃から全うな奴隷商人達からはブラックリスト入りされ、奴隷を買い集める事が困難になったと言うのも理由である。
椅子に腰を下ろしたジニス、部屋への扉には既に鍵が掛かっていて入ってくる者がいない。
そしてジニスは胸ポケットからペンダントを取り出した。赤い宝石が填め込まれたペンダントだ。
それを手にしたジニスは、おもむろにそのペンダントに話し掛けた。
「私だ。ああっあの奴隷達と森への侵攻の件がオーナーのマーガレットにバレた」
ジニスの言葉に反応する様に、ペンダントが微かに光った。
「分かっている、マーガレットもハロルドも私の動きを封じようと証拠を探している。しかし奴隷はともかく逃げてきた人間は私の直属の部下に始末させ、その部下も少し前に処分は完了した、これで私に嫌疑が掛かる事はない」
ペンダントが再び光る。
「あ?奴隷達の方を調べてる冒険者?どこでそんな情報を………ああッ分かっている、だが殺し合った連中と同じ人間がまた現れて無事だと思うか?」
ペンダントの光が2度光った。
「フンッ深夜のうちにモンスター共に殺されているさ、奴隷共もとっくにモンスターの腹の中だろうよ、つまり私の身の安全は保障されているのだ」
保障などされていない、完全に自身の楽観視だけを頼りした発言である。
下手に成功体験を重ねるとこう言う思考をする様になるある種の病気になってしまう。
モンスターは全て人間を喰らう化け物だと言う偏見もある男だ。
「それに……あの平たい顔の不細工に何が出来る?あんな冴えない男にモンスターをどうにかする事など無理な話だろう?」
実際にはその冴えない男の働きによってどんどん追い込まれているのだが、部下の殆どを自ら切り捨てた男の耳には何の情報も入ってくる事はなかった。
ペンダントに宿った光が消えた。
「……フンッ消えおったか。ヤツは心配性な所がある、まぁいいヤツと手を組めば私は更なる成功を手に出来る、いずれはこのアルバトラスもマーガレットも、フフフフッ」
ジニスが妄想に浸ろうかと言うときである。
ドアがコンコンッとノックされた。
「何だ、この時間には誰も来るなとあれ程…」
「もっ申し訳ありません。実はハロルド様の使者を名乗る者が……」
(ハロルド?どうせまた根掘り葉掘りと私に質問をするつもりか、この私の貴重な時間を無駄にするなど……)
「悪いがこれから予定が詰まっていると伝えろ」
「すまないが、その予定はキャンセルだ」
「…………ッ!?」
ジニスの背後に立っていたのはハロルドの部下の1人、転移魔法の使い手である男だ。
リエリに一瞬で無力化された男でもある。
そんな強いのが弱いのか微妙な立ち位置のスーツがキメ顔でジニスをにらみ付ける。
ジニスはピンチになると何の力も発揮出来なくなるタイプの人間なのでただパニクる。
「なっなな!?貴様、この私の私室に勝手に入り込むとは………ッ!」
「よもやそんな事を気にしている場合か?お前の様なヤツがどうして商人貴族などと呼ばれハロルド様と同格扱いされるのか不思議でならん」
思いのほかよく喋るスーツであった。
そしてバカにされたジニスはブチ切れる。
「こっこのハロルドの部下如きが!この場で殺してやろうか!?」
「どうやってだ?お前にそんな魔法の腕があるとでも?少し調べたら戦える部下までその殆どが行方不明になっている様だが?」
「………………ッ!!」
(バカな、ヤツらの情報をどこで得た!?私の部下はいつでも切り捨てられる様にその立場を保障する書類は全て破棄していたはず……)
「こっこんな真似をしてただですむと……」
「これくらいしても、何も問題がない立場にお前はいる事にいい加減気づけないのか?」
「なっ何だと!?貴様ら何を掴んで……まさか、あの冒険者が余計な事を!?」
ジニスの予想に反して青野は森のモンスター達との和解への話し合いを約束させて、モンスター達は奴隷達を喰らったりしていなかった。
これは当然の結果である。
「ハロルド様がお呼びだ。お前に拒否権はない」
スーツの言葉にジニスは、ただ忌々しげににらむ事しか出来てはいなかった。
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