第91話『面倒事を無視できないオッサン』

リエリと夜の散歩を楽しんでいると何故かそこにスーツイケメンが現れた。


こんな時間にもファンタジー仕様のスーツか、徹底してるな。


「こんな時間帯に夜の散歩ですか?海の警備をする者も流石にいませんから、夜の海は危険ですよ?」


「すみません、少し夜風に当たりたくなりまして…」


海のモンスター避けは夜にも機能しているから安全だと思う、一応危険がないわけじゃないから警告してるんだろうな。


「フッまあ確かに、このアルバトラスの夜の海もかつては観光の目玉でしたからね」


「はいっあの海から現れるライトジェリーも、私にはとても幻想的で美しいと思いました」


「そうでしよう、そうでしょう」


常に笑顔のスーツイケメン、しかし今は殊更にその笑顔が光っている。しかしここで中年はふと気が付いた事がある。


とある三十路の話だ、そのオッサンは会社でも日々のストレスを発散する為に車で2時間近く掛かるかなり遠くの海に深夜から出掛けたのだ。


理由は誰もいない海に行って日が上るのを見る為だ、ただそれだけの為に海に行っていたのだ。

疲れてたんだろうな、けど当時のわ……その三十路はとにかくストレスとかあると海に行ったのだ。


このスーツイケメンの横顔を見ているとそんな事を思い出した。


………まさかこのイケメンも海で1人になりたいくらい疲れてんのかなって何となく思ったのだ。

私はまことに無粋ながら、心意看破マインド・ハックの魔法を発動した。


相手の心を読んだり、記憶を読んだりとその手の効果を幅広くカバー出来る便利魔法だ。

プライバシーの侵害上等って部分に目をつぶれば本当に使える魔法なのだ。


「………………」


「?、どうかしたんですか?私の顔を見て…」


………マジかよ。


「いえっ何もありませんよ?」


スーツイケメンの心を読んで1つ分かった事がある、それは結構私を驚かせた。


なんか下手したら、このアルバトラス滅びるかも知れませんってさ。………冗談じゃないよ。


(リエリ、彼に心意看破の魔法を…)


(心意看破を?分かりました……ッ!)


久しぶりの念話である、この便利な会話方法のお陰でスーツイケメンの事情を速攻でリエリと共有だ。


そしてその内容だけど、何でもこのアルバトラスって大量の労働奴隷を使って開拓してきた都市だそうだ。

異世界物ではたまにいる奴隷商と言う連中、やっぱりこの世界でもいるんだとさ。


その奴隷商から奴隷を買ってこのアルバトラスを更に大きくする事が役目の彼の同僚がいるのだが、その彼はわりと奴隷には厳しい人間らしい。


彼や上司に何度言われても、奴隷は奴隷だと、人とは扱わないのが正しいって考えを持っている人間なんだそうだ。


そんなヤツに買われた奴隷ってのはやはり碌な目に遭わないらしく、遂に1つの問題起こった。


何でも開拓してる場所に住んでいるモンスターとその奴隷達が手を組んだそうだ。

彼の同僚とその部下はモンスターと奴隷達の連合軍にコテンパンにされてしまったんだとさ。


………まぁ私も、この世界における奴隷の現状とかは知らないが、その言葉にあまり良いイメージはないな。


犯罪者とかがって言うのなら分からなくもないけど、その辺りについては後にしよう。

問題はその連合軍が日に日に勢いを増していって、このリゾート地を襲撃する日も近いかもって事にあるのだ。


オッサンの夏休み中にとかマジで勘弁して欲しい。


これは面倒事だと言うのは百も承知。しかし無視はできない、だってこれっ放っておくともっと面倒な事になるヤツだからだ。


ここは私からアプローチを取る。


「それにしても、ハロルドさんもこの様な時間帯に夜の海を散歩ですか?」


「ええっそうですよ、近頃はたまにですがここに来ています。夜の海はとても静かですからね」


それには同意する、ただ波の音を耳にしたい時ってあるよな。

それで人目につかない時間帯って暗い時間がベストなんだよ、たまに魚釣りに来てたヤツがテントを張ってたりして驚く事もあるけど。


「なる程、私もそんな気分になる経験がありますよ。特に仕事で誰にも相談出来ない時なんて週1で海に行っていましたね」


「……………ほうっそうなんですか」


私もスーツイケメンと並んで海を見ていた。

本当に幻想的な海である、心が洗われる様ですな。


「……そう言えばこの頃、東の森が少々騒がしいと聞きましたよ?何かありました?」


「……………ッ!?」


なんかアルバトラスの東の森が一揆いっきの現場らしい、やっぱ細かい駆け引きとか苦手なのでちゃっちゃと話を進める事にした私だ。


私の言葉に目の色を変えるスーツイケメン、きっと殆どの者は知らない筈の内情を知っている危険なヤツとでも思ったに違いない。


彼の気配が変わると共に、魔法が発動した気配がした、これは転移の魔法だな。


そして私の予想通り私とリエリの背後には日中に見たあのスーツの2人組(当然の様に野郎達)が背後に立っていた。


しかしそこで動けるのが万能の秘書であるリエリだ。


無言で佇んでいた彼女は、スーツ2人が現れると同時に動いた。リエリの魔法が発動し、スーツ2人は魔法の鎖によって捕らえられる。


縛鎖封チェイン・バインドの魔法だ、私がリエリ達に付与した魔法の1つである。

魔力で創られた鎖は対象の動きを封じ、魔力の動きも封じて魔法も封じる。


スーツ2人はまともに動けなくなり、更に魔法も使えないから少々パニクってる。


(まさか。あの2人がこうも容易く!?)


スーツ2人があっさりと封じられた事で、さらにスーツイケメンの警戒度は上がった。


しかしここで上手い具合にまとめるのが、日々を理不尽と不条理で培った営業トークスキルを持つ元社畜の役目だ。


「落ち着いて下さい、私達は別にハロルドさんの敵になりに来たわけではありません」


「……その言葉を信じろと?」


「ハロルドさんに何もしていないのがその証拠です、それに自体はわりと深刻なのでは?私は下手をするとこのアルバトラスに観光に来ている人々にまで被害が及ぶと考えています」


「そっそれは……」


「っと言うより、我々もその観光が目的なだけの一般人なんですよ。それが当の観光都市に訪れて二日目で何やら雲行きが怪しい……流石に見過ごせません」


「……………貴方は、何者ですか?私の印象では」


「それには触れないで下さい。私も不要な争いなんて御免だっと言うのが本音なんです」


人が公衆の面前で土下座した事を、こんな所でバラされてたまるか。

私の意志が通じたのか、スーツイケメンがしばし考えこんだ。


………もう一押しだな。


「しかしハロルドさんが対面している自体は、貴方自身の予想すら超えて危険な可能性が高いやも知れません」


「………それはどう言う意味ですか?」


「言葉で説明するのは難しいんです、しかし貴方も相手をたかがモンスターや奴隷達と言う考えがあるのではないんですか?」


「……………フッ」


スーツイケメンは微笑む、それは王手をかけられた棋士のような、万事休すとか降参しかないって事を悟った感じがした。


「まさか奴隷やモンスターの事まで、本当にこちらの事情を知り尽くしているのですね。これは本当に私の負けの様だ」


「何も勝負なんてしていませんよ?それに貴方の負けとは、このアルバトラスとそこに生きる人々に何かあった時でしょう?」


「…………その通りですね」


私の言葉にスーツイケメンは真剣な眼差しでこちらを向けてきた。


「少々お時間を下さい。話は場所を変えてからで構いませんか?」


「はいっもちろん」


スーツイケメンが踵を返して歩き出した。

それに続く私とリエリだ。あのスーツ2人への魔法も解除する。


さてっ面倒事を無視できないオッサンが行きますよ~~。



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