第90話『オッサンの夏休み(6)』

波の音って案外大きい。


ザザーンザザーンと聞こえる波の音を聞きながら、私は夜の砂浜を歩いていた、リエリも一緒である。


「この世界の夜は、本当に光に溢れてますね」


「はいっご主人様が元いた世界について、ご主人様の記憶でしか知りませんがこれ程夜空に星が浮かんで、大きな月が同時に存在する夜空を見た記憶はありませんでした」


そりゃあ私の記憶だ、あるわけがないよ。


そもそも月が三つも夜に現れないし、いやぁファンタジーな世界は凄いよね、今夜も大きな青色の月と黄色と緑色の月が輝いている。


特に青い月の光が強くて水面と砂浜を照らしている、自然の光しかないのに砂浜と打ち寄せる波が視認出来る程に明るいのだ。


実はこのアルバトラス、夜間にはパトロール人達が街中をチョロチョロとしている。


そこで私達は異空法衣インビジブルの魔法と言う、術者に不可視、透過、気配遮断を付与する魔法を発動した。音も匂いも察知されなくなるので大手を振ってここまで歩いてきた和達だ。


そして海についてので魔法は解除。リエリと共に砂浜を散歩である。


あっ足下に小さなカニを発見、チョコチョコと歩いておられますな。


「……やっぱり。このくらいの大きさが可愛いですよね」


「フフッご主人様がユーリと2人だけで海に出掛けた時は、大きな生き物ばかりが出て来たそうですね?」


リエリは笑顔。しかし何故か背後に冷たい物を感じた、彼女もやっぱり中身に変化があるのか?。


「そうですね、まさかこの歳で何度も海に入るとは、自分自身にも驚きました」


ここは話題をチェンジである。


「……そうなんですか?」


「そりゃあそうですよ、私はむしろリエリやユーリやイオさんがメインでこの観光都市を見て回ったり、海水浴もそうですね。私は精々荷物持ちをするくらいのつもりでしたから」


中年スケベ野郎からすればこのアルバトラスにワザワザきた報酬なんて、水着とか見れるだけでも十分だった。


それが一緒に夏のバカンスを楽しめるなんて……幸せですな。


「リエリはむしろご主人様に1番に楽しんでもらわなければ困ります、リエリもユーリもご主人様の為に出来る事をする為に生まれたゴーレムですから」


「ハハッありがとう、そう言ってくれるのは嬉しいですね。ならリエリもこの夏を楽しんで下さい、君が心から楽しんでくれると私も嬉しいんですから」


クセぇセリフ、どこのイケメンが言ってんの?ただのおっさんだよ。


「フッ分かりました、それがご主人様の命ならば従うのがゴーレムであるリエリの仕事ですね」


「……………」


リエリはいつものビシッとして白のスーツスタイルからラフなモデルさんとかよって感じの私服的なラフスタイルである。


中年には呼び名も分からない衣類のコーデはどこか現代の若者に近いモノを感じる、大人な美人の日常のオフショット的な感じがエロい。


まぁ前の世界の流行って本当によく分からない所に行き始めていたタイミングでこの世界に来た私だ。


故にその手のセンスなんて何も持ち合わせていないのである。

私服のセンスとか褒めたりすると自爆するな、ここはリエリに何と言えば彼女は喜んでくれるのだろうか?。


そんな事を考えているとリエリは夜の波に足を入れた、夜の海って冷たそうだ。


「冷たくないですかリエリ?」


「はいっ冷たいですね、しかし少し私も熱いので丁度良いと感じます」


そう言うとリエリは波の上をピチャピチャと数歩ほど歩く、ちなみに砂浜に来た時点ではいていたサンダルは魔法でどっかにやったリエリだ。


砂浜がゴミ1つ落ちてないと夜にも素足で歩ける、あの島国の砂浜では中々こうは行かない。


「……………」


月明かりが彼女の全身、特に艶のある長い黒髪のポニーテールが照らす様子は幻想的な感じがした。


美人は何をしても絵になるとかよく言ったものだ、逆に砂浜にオッサンが立っているともしかして入水自殺?って失礼な私は考えてしまう。


「ご主人様?アレを見て下さい」


「はい?」


リエリが指を指した方を見た、すると海面から立ち上り、ほのかに光る物が………。


オバケか?って一瞬構えた、だってその手のは勘弁な私だからな。

しかしよく見てみると……。


「アレは……クラゲですか?」


クラゲだ、結構小ぶりなクラゲが海面から顔を出して、さらに宙に浮きはじめてしまったぞ。

しかもオレンジ色に光ってる、そんなのがポツポツと幾つも現れる。なんかめっちゃファンタジー。


「アレはライトジェリーと呼ばれるクラゲですね、夜になるとたまに海面から宙に浮いてきては、あの様に夜の海を彩るんです」


「まるでホタル、っいやそれよりもかなり大きな光だ、とても幻想的ですね」


「そうですね、しかも夏の時期だけの光景でっ何よりモンスターに襲われる心配のない場所以外では滅多に人の目に触れる物ではありません」


海から星が生まれる様な光景に、しばし私は心を奪われる。


「一時期はこの光景を見る為に多くの観光客が、このアルバトラスに訪れていた事もあるようですよ?」


「確かに、この光景には見に来るだけの価値がありますからね……」


リエリとの夜の散歩は続く、この世界ではまだまだ夏といえども夜風は冷たく気持ちいい。

毎日が熱帯夜で毎日が猛暑日だった故郷の島国では考えられない程に快適である。


ずっと昔、私が子供の頃の夏休みを思い出した、あの頃は日中の気温も30を越えたら熱いって言われていた時代だった。川でよく遊んだものだ。


私が大人になるとその川も人に汚されて、とても人間が遊べる様な場所では無くなったけどな。


「………………」


「ご主人様?どうかしましたか?」


「いえっ何でもありませんよ」


まっ幾ら考えても仕方ない事だけどな、時代の流れってヤツだ、少し思考を変えるか。


「こんな風に夏の夜を散歩しようなんて、前の世界にいた頃は考えもしなかったです」


「フフッご主人様は故郷では毎日が忙しいそうでしたからね」


「……リエリやユーリってどれだけ私の過去を知ってるのか1度聞いてみたいですね」


「秘密ですよ」


「それは残念、けどその通りです。あの頃は日々の時間は有限で、一分一秒を無駄にはしないのが当たり前だと考えていましたから。夜はさっさと寝る以外無かったですね」


確かに人間の寿命なんて大した事はない、けどその時間をどう使うかを前の世界、社会ではあまりにもその社会の空気と常識と言う名のルールを以て他者に強制し過ぎる部分があった。


単純な話、それだけ働かないと普通の生活すら碌に送れなかったからだ。


時間の使い方は、そのまま命の使い方だとさよく言ったもので、あちらのでの日々とこちらでの日々を比べると、どちらが生きていると感じるかは明白だった。


「……私はそこまで勤勉な人間じゃない、むしろ休んでもそれなりの給料が保障されるなら普通に休みが欲しいって人間です」


「知っています、ご主人様は仕事の時間とプライベートな時間を分けるタイプの人間ですからね」


その通り、私は仕事とは『お金を得る為の時間』、そしてプライベートとは『自分が活きる為の時間』と考えてる。


趣味を仕事にとか、それが出来る人間は中々いないからね、多くの大人は楽しいとかそんな感情ではなく、むしろ無心に近い環境じゃないと続けていく事が出来ない事を、日々続けていく、それが私の考える大人ってヤツだ。


だからこそ自分が人として活きる時間が必要なのだ、人生が仕事だけで成り立ってきた人間って案外脆いんだよ。


私はそれも知っている。


「私は、社会人になっても夏休みが欲しいって人間ですからね。だって毎日あれだけ天気が良いんですよ?仕事をしてるなんて勿体ないですからね」


「フフッご主人様らしいとリエリは思います」


なんかリエリの前だとダメ人間な部分をさらけ出せる私が居るな、普段は言わない愚痴的な事もペラペラと喋る私だ。


リエリって相手の話を受け止めてくれる懐の深さを持った美女なんだよな、最強だよ。


「この世界でならご主人様も夏休みを過ごせますね、その為に必要な事をするのがリエリやユーリです。だから遠慮なく私達に命令をしてくれると嬉しいんですよ、ご主人様?」


大人な美女にこんなセリフを言われるだけで……鼻血とか出そうになるね、反則だろ。

とかアホな事を考えていた時である。


「……おや?そこにいるのはアオノさんですか?」


あのイケメン、確かにハロルドとかってのだ。

……そう言えばとっくに魔法を解除していた私だ。


ヤベッ見つかってしまったわ。








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