第87話『オッサンの夏休み(3)』
「そこんところどう何なんだよオッサン!」
「どうもこうも、私はそんな物は所持も使用もしたことはありませんよ。彼女達は私と共に旅をしてきた仲間です」
いきなり現れて散々な物言いである、リエリとユーリを相手にしてる時とは大分態度が違うな。
今は完全にチンピラのノリである、まぁ私だって美人と野郎で態度が全く同じとはならないとは思うけど、もう少しなんとかして欲しい物である。
「すみませんが、私はその仲間を待たせているんです。失礼させてもら……」
私の足下の石畳の一部が吹っ飛んだ。
不可視の衝撃波だ、放ったのは前方のイケメンの内金髪の方である。
コイツ街中で普通に魔法を使いやがったぞ。
「…………………」
「お前見たいな不細工がよ、あんないい女を仲間だなんて口にするじゃねぇよ」
どんだけ理不尽なセリフだよそれ。見ろよ周りの人達が声も上げずにそそくさと距離を取り始めたぞ。
コロシアムに戦いを見に来る人々も身近で魔法をドンパチなんて御免なんだろうな。
そりゃそうだ、こんなの私が魔法でやり返したら海外の拳銃抜いて打ち合う見たいな場面と同じだ。
流れ弾に被弾するとか誰でも嫌だからな、そんな低俗な争いをはやし立てるのはどっかの酒場で酔った冒険者達見たいな碌でなし連中だけである。
そもそもここにいる人々は闘士の戦いを観に来たのであって中年とイカレたチンピラのケンカなんかにお呼びじゃないんだよ。
「言っとくが、俺は上級魔法使いだ。お前見たいなオッサン1人消し炭にするなんてわけねぇからな」
上級魔法使い、この剣と魔法のファンタジー世界において結構強かったり偉かったりする立場の人間が多いのだが……。
「俺達は2人組の上級魔法使いの2人組冒険者として名を馳せてんだよ!」
「分かったか?オッサン見たいなヤツが本来なら口をきくことも出来ない存在なんだよ」
口を開けば開く程に上級魔法使いって肩書きが嘘臭く感じる。
「そんな俺らをオッサンは怒らせたんだぜ?そうだな………先ずはそこに土下座しろよ」
「………………」
なっなんで?一方的に絡まれて、魔法で足下攻撃されて、さっきからオッサンオッサンとバカにされて挙げ句に………土下座?。
私には目の前のイケメンチンピラの思考がマジで理解出来ない。…………けど。
周りの人達に視線を向ける。
やっぱり視線を向けずに無視したり、子供は普通に怯えてりしてる、周囲からドン引きされてるのに気づかないのはチンピラ達だけだ。
万が一にも周囲の人に被害が及ぶのは御免だ。
私が下手に魔法でやり返したら、私までこの連中と同類に思われるのも勘弁である。
………………ハァッ。
「分かりました」
私は土下座をした。
膝と両手の平を、夏の日差しで十分に熱された石畳につける様に額は地面すれすれに。
このファンタジー世界に土下座の文化があることに少々驚きながらの土下座である。
「………プッ!」
「クッ!カハハッ!」
次に訪れたのはイケメンチンピラ達の嘲笑である。
「アーーッハッハッハッハッ!マジかよ!?マジかよコイツ!?」
「本当に土下座しやがった!プライドねぇのかよダセェーーー!」
「そんなに俺の魔法が怖かった?別に本当に当てやしないってのにビビり過ぎなんだよオッサン!」
「カハハハッ!腹が!腹がヤベェッ!笑いすぎて腹が痛ぇよーーー!!」
「……………」
もちろん私が魔法で反撃すればそこでお終いだ。
しかし事はそこまで単純じゃないんだよ、もしここが冒険者ギルドとかなら魔法で脅して力ずくで黙らせるのが1番簡単である。
何故ならやはり荒事に免役がある連中が多くを占める場所だからだ、しかしここはアルバトラスにある高級リゾート地だ。
このチンピラ達はどうか知らないが直ぐ近くで魔法でドンパチされるのにも免役がない人達が多いのはさっきの周囲の人々の反応から察した。
しかも子供もいる、ここで私が魔法でチンピラ達を瞬殺して無力化したとしても、今度は私に恐怖の対象が移るだけの可能性が高い。
「……これで勘弁してくれませんか?」
そうなるとこの夏の間この場の人々は中年をこのリゾート地で見る度に怖い思い出を思い出すかも知れない、トラウマとかって本人にしか分からない物が多いからな。
流石に入場料だけで金貨20枚(約20万円だ!)を取られる場所に観光しに来といてそんな物を頂戴するなんて、私なら絶対に嫌だ。
だからここは自身の自尊心を放棄、夏の思い出の1ページに中年の土下座が刻まれる可能性はあるけど、荒ぶる中年よりかは多少はマシだろうと考えて土下座を敢行して私だ。
であるのでこのチンピラ達にはこのくらいで満足して帰ってほしいのだが。
「勘弁?先ずは土下座って言ったよな?聞いてなかったの?オッサン?」
「あの女達はお仲間なんだろ?ならどうにかして俺達を紹介しろよ、もちろんお持ち帰りまでな」
「嫌なら、今度は本当に頭を吹き飛ばすぞ?」
………ダメか、仕方ない。ここは時間を停めてこのバカ達を人がいない所に運んでから片をつけるか。
本当は折角の夏休みにそんな物騒な事は何もしたくないのにな……。
私が覚悟完了してチンピラ達をシメる為に土下座を解除しようとしてタイミングにて。
「このアルバトラスの街中で騒動を起こすとは……君達は死にたいのかい?」
ん?誰だ?頭をずらして声のする方を見る。
そこには仕立ての良いスーツを着込んだやり手の若社長を思わせる金髪のスーツイケメンがいた。
こっちイケメンはチンピラ感が全然ない、きっと育ちが良いイケメンなんだろうな。
しかしイケメンに対する私の姿勢は変わらない、イケメン死すべし1択である。死すべし!。
「あ?何だよアンタ?」
「ここはリゾート地だ、流血沙汰なんてゴメン被ります、場所を弁えなさい」
「ハア!?偉そーに一体何様だよ?」
「私の事を聞くなら先ずは自分達から名乗りなさい」
「「アアンッ!?」」
スーツイケメンとチンピライケメンが口喧嘩をしてる、私は如何すればいいの?土下座解除していいの?。
…………取り敢えず土下座を継続しとくか。
「俺達は今は冒険者なんてしてるが歴とした貴族様だよ!ザーコムン家のダナス様だ」
「俺はカスダーナ家のザザンだ!どうだビビったか?見た所成金の商人風情が上から物を言っていい存在じゃねぇんだよ!」
凄い名前の家だな。よく憶面もなく名乗れるもんだよこれだけ周囲に人がいる状況で、本気で自分達がはた迷惑な存在になってる事を自覚出来てないんだろうな。
「私はハロルド、このアルバトラス、イストラ地区の管轄を任されている者です」
「「!?」」
「ザーコムンにカスダーナ?ああっ確か何処かの小国にそんな貴族がいましたね?大した力もない国なのにやたらと貴族が傲慢で国の人間が国外に流出していて大変だとか……こんな所でそんな国の貴族が遊んでいて良いのかい?」
「なっ!?お前どこまで知って……」
「待て、このイストラ地区を任されているって事は……」
「成る程、少しは頭が回る様ですね……そうです」
スーツイケメンが指をパチンと鳴らす。
するとチンピライケメンの2人の背後に2人の新たなスーツが音もなく現れた、転移の魔法だな。
気配に気づいたチンピライケメンは、恐る恐る背後を確認してビビる。
「私が来たと言う事は、トラブルの発生原因を取り除く為に来たと言う事です」
「ちっちょっと待てよ!まっ魔法は先にそのオッサンが使って来たんだよ!」
「そっそうだそうだ!そのオッサンが全部悪いんだよ!」
何故に土下座までさせてる相手に罪をなすりつけられると思ってんだよコイツらは…。
「君達のやり取りは最初から確認してましたよ、馬鹿も休み休み言いたまえ」
………それならもっと速く助けてくんね?。
スーツイケメンがまた指をパチンと鳴らす、するとチンピライケメンは他のスーツ達にそれぞれ拿捕されてそのままどっかに転移して消えた。
何を見せられてんだよ私はって思わなくもないな。
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