第70話『境界に立つ』

「………ん?こっここは何処だ?」


ラグナが目を覚ますと、そこは青い世界であった。


地面には砂浜の上に薄く水が張っていて、地平線まで余計な遮蔽物が1つもない。

そして青空には入道雲が広がってる。


(何だよここは、まるで世界が海に沈んだみたいな世界じゃねぇか?)


……本当に失礼な酒屋のオヤジである、おっともう少しナレーションに集中せねば。


何処までも広がる青空の青と水平線の青とが交わる果てまで見通せる世界だ。

長いこと旅をしてきたラグナでもこの様な場所には心当たりがなかった。


ヨロヨロと立ち上がり、ふと気づいた。


「ん?これは俺の鎧が……直っている?」


ラグナの鎧は元通りになっていた、しかし顔を覆うフルフェイスはなかった。

そして足下から視線を少し先の水面に向ける。


するとそこには水面に光る線が引かれていた。


(………ん?何だこりゃ)


ラグナに対して横に引かれた光は視界の端から端まで、そしてそれは水平線の先までずっと続いている様に見えた。


相変わらず頭の中は混乱している、しかし冷静に事にあたる事が物事の実情を確実に得る秘訣だと知っているラグナはあくまでも冷静だった。


しかし視線をその光る線の先を見た時、彼の目は見開かれ、彼は一瞬で冷静さを失った。


「…………!?」


そこには彼の故郷と共に亡くなった人々の姿があったからだ。


死んだ騎士団の同僚や上司に王様や女王に王女(可愛いなぁ)……それと王子はやっぱイケメン。チッ金髪王子め……。


コホン………そして何より愛する家族の姿が、そこにはあった。


「なっ!……エミリア!?それにルーシー!?何で、まさかここは……」


そうっそこでラグナはここが現世ではなく、魂となった者が来る世界なのだと理解した。


ちなみに妻がエミリアで30代前半の位の三十路にはとても見えない美人さんである。金髪のセミロング、中々の巨乳だ。


娘のルーシーは10代前半の中学生位の金髪のお嬢さんだ、まだまだ成長途中である。……話がそれた。


そして、その大切な家族や、友人達が向ける視線に宿る感情に気づいた時。

自分の足下に引かれていた光る線の意味を理解した。


(……そうかぁ…この光は、境界線なんだな…)


何をとは疑問も糞もない、線の向こうの彼らと自分。それを隔てる理由などラグナ自身が1番に分かっていた。


しかし娘のルーシーはラグナに向けて手を伸ばした。


それを見てラグナはルーシーを真っ直ぐに見て……首を左右に振る。


「……ゴメンなルーシー、父ちゃんはそっちには行けないんだ……色んな人を不幸にしてきたからな」


その境界は即ち、隔てるものだ。


天に昇る正しき魂と、地の底に消える罪深き魂を。


ラグナの目の前の皆はそこに行けるが、ラグナは行くことは出来ない。

それが生前に自分がした行いと選択の結果だ。


それを誰よりラグナ自身が1番分かっていた。


「………………!」


その時、ラグナの足下の水が引いた。

まるで見えない力に引っ張られる様にラグナを中心に三メートル程の円形が生まれる。


次に起こった事は、ラグナの足下から火が上がった。

青空の様に青い炎だ。それが瞬く間にラグナの全身に広がる。


声は何故か聞こえないが目の前の家族や友人達、その場の皆がどよめいているのが分かった。


しかしラグナは不思議とまた冷静になっていた。


(……これが俺の生涯に重ねた罪の結果か、火あぶりなんてな。犯した罪にしたら……随分と軽い裁きになったもんだ)


ラグナは笑う、今更自分のこれまでの行いに嫌気が差した。それを自らの意思で、選んで、やっていた事にも……何故なら目の前の家族や友人達に会わせる顔がないからだ。


しかしそれを含めての罪への精算だと言うのなら……それでもまだまだ軽い位なんだと、それだけの事をしてきたんだとラグナは理解した。


(……しかしまぁ、神様なんているわけがないと思ってたが。案外見てるもんなんだな、俺は地獄行きでいいけど、2人や国のみんなには天国って所に行ってほしいからな)


そんな事をラグナは考える、しかし全身を火に焼かれながらも、全く熱くない事に気づいた。


「……ん?何だよこの炎。全然熱くないだと?」


ラグナのその疑問に答える者がいた。


「そりゃあそうですよ。その炎は貴方自身ではなく貴方の罪を燃やしているですから」


「ッ!……なっ!?」


そうっ私だよ~(ニッコリ)。


私はこの酒場オヤジをこの『青い境界』の世界にあの蒼光輝剣の力で放り込んだのだ。

そして私は異空法衣インビジブルの魔法で姿を消してナレーターにジョブチェンジしていたのだ。


心意看破で心の中もバッチリである。

そしてその姿は元の中年冒険者である三十路野郎に戻して待機していた。


その後は絶好のタイミングでラグナこと酒屋のオヤジの無防備な背後からニッコリ笑顔で腰の辺りにヤクザキック。


青い炎は既に消してるので近くの人に燃え移る心配はないぜ。


『オワッ!?』っとか言いながらナイスミドルは前に転がった。


美人な奥さんと娘さんに格好付けるオヤジなんてこれくらいの扱いを受けて当然である。死ねよ、ああっ死んでたか。


ちなみにさっきからなんか意味深に意識していたおの光る線をオヤジは普通に越えてしまったぜ。


ラグナはバッとこっちを向き直り吠え始めた。


「なっ!?お前は確か…迷宮都市にいたアオノか!?」


「こんにちわ、酒屋で会った時よりも随分とゴツい格好をしていますね」


「何でアンタがここに……」


「何でって、これを……」


私は右手に持っていた蒼騎士形態の時のフルフェイスヘルムを見せる。


「……なっハッえぇっーー!?嘘だろ!?あのバケモンみたいな騎士がよりにもよってお前たちかよ!?」


「……………」


「エェ~~~~~、俺……コイツに負け……ハッ!」


私の無言の視線に気づいたラグナは明後日の方に視線を移して下手くそな口笛を吹き出した。


本当にこの中年野郎は、多少ナイスミドルだからって調子に乗っている。燃やすぞコラッ。


「あっ!ってか俺がこっちに来ちゃ不味いだろ!?」


「何も不味くはないですよ、さっきも言いましたが貴方の生前の罪は私の青い炎で燃やし尽くしましたから……でなければあの境界線を越えた瞬間に貴方は消滅していましたから」


私の蒼空天火フレム・ブルーは私が燃やすと決めたものならそれがなんであろうと燃やす。


それがどんなに大きな物でも、硬い物でも、形の無い魂的な物でも何でもだ。

だから形なんてないラグナの罪なんてのも燃やせるのだ。


そんでこの世界を創ったのも私だ。この境界線なんてのは以前来たときに無かったモノも後付けルールで何とでもなるんだよ。


ちなみに消滅するのもマジである。よかったなラグナ、自分勝手な真似をここでは自重して正解だよ。


「罪を……燃やした?イヤイヤッそんな真似しても俺がしたことは……」


「その通りですね、貴方の罪を燃やしても現世で貴方が奪った命は1つとして帰らない。精々貴方をその境界線から先にやれる様にするだけです」


「それもだ。俺にみんなの側に戻る資格は」


「その人々魂はとっくの昔に逝きました、今更貴方にできるだけ事なんてありません。そしてこの人達は貴方を心配してずっと待っていたんですよ?」


「…………」


「貴方はさっき、神様が見ていると考えいましたね、残念ながら神様は世界に生きる者1人1人見ている程暇ではないんですよ。

ですから人の善悪と言うのはあの世界の大空と大地が見ているものなんです、この意味が分かりますか?」


ラグナの視線が私を真っ直ぐ見ている、この真っ直ぐな視線がイケメンのモテテクであると私は見た。


……私がしてもキモオジ死ねってしかならないけどね、泣けるね。


「要はそう言う人の善悪って言うのは自分が自分に示すものです、ここまで来たらゴチャゴチャ言わずにさっさと皆さんと共に天に還りなさい」


「身も蓋もねぇなっ!?」


当たり前だろう?人の罪を見るのも裁くのも人だよ、世界も天も地も鏡だ、そこに立っているのは罪を犯した本人だけで、それ以外の誰にもその罪の是非を決める事は出来ないだよ。


罪の自覚のないヤツに他人が言って聞かせるのか無理なのはそう言う事だ。

神様も他人もみんなそこまで暇じゃないんだ、ウダウダしてないでさっさと答えを示せって話だ。


「って言うか、本当にお前は何なんだよ!?」


「私ですか?さっきまで貴方と戦っていた蒼騎士、冒険者としての私もありますが今は……そうですね……」


私は右手のフルフェイスを消しながら答えた。


「私は青野、旅の魔法使いですよ」


ゲームとかのMP制のヤツじゃなくて夢の国の何でもちょちょ~いって感じで出来る方のな。


……最近肩書きが増えて来たな、まぁファンタジーな世界で好き勝手やってんだし今更肩書きに縛られるのも馬鹿らしいのでこのままでいいか。


「私はそろそろお暇します、後は皆さんの自由にどうぞ」


「いっいやちょっとまてよっ!」


「死人のくせに、現世に残したいざこざにそこまで執着しなくて宜しいかと」


「ッ!?お前……どこまで知って……」


そもそもここは私が創った世界だけども、生きてる人間がいつまでもいるべき場所じゃない。

ラグナの事は奥さんと娘さん、それにその故郷の人々に任せるとしよう。


「私も家族を亡くした過去があります、私の場合は両親ですがね。だから貴方の行動も理解は出来ませんが否定も出来なかった…」


だから私はこの男を救わない。家族や国の人間をみんな生き返らせるなんて真似は流石に無理だ、その後のフォローとかまでし出したら私はあっという間におじいさんである。


私に出来るのはコイツをここに送り、生前の過去からアレしたり時間を操作してアレしたりしてなんやかんやと彼の故郷の死んだ人達から彼の親しい人達をピックアップしてこの世界に招待しただけだ。


死んだ人々の魂の全てがこの世界に来るわけがないだろう?私のさじ加減次第である。

もっとも過去の彼の人徳がなければこれだけの人達は集まらなかっただろうけどな。


……マジで大変だった、2度とやらねぇ。

何でそこまでっと聞かれたらアレだ、過去を背負った中年野郎って所に変にシンパシーを覚えた私の悪ノリの結果であるってだけだ。


悔いはない、けど2度とやらん。


「……だから、ここまでしました。正直貴方の為ではありません、私の自己満足と貴方の後ろの人々の願いを聞き届けたまでです」


今度は私が、彼を真っ直ぐ見る。


「それでも貴方はその皆さんとの別れを望みますか?答えなさい」


「………………俺、俺みたいな……」


ラグナはナイスミドルのくせに目に涙を浮かべていた。


「俺みたいなクズが……こんなに幸せな気持ちになっていいのか?」


「良いんですよ、私が保障します」


私はその場にいる全員に聞こえる様な声で話をする。


「これから少し時間を置いてから皆さんは転生をする為に巨大で果てしない光の道に向かう事になります、そこは生命の大河であり、あらゆる命の終着の場所であり始まりの場所です。

そこで転生を司る存在に願えば、恐らく、その関係が男女の関係でなく、人間と言う種族でもないかもしれませんが……次の生でも共に在ることが出来る様に転生させてくれるでしょう、分かりましたか?」


私の言葉にその場の全員が頷いた。


よしっでは最後に私から彼らに……。


【気高き魂に、大いなる祝福を。祝福の贈り物ギフト・ブレッシング


彼らを青い光が降り注いだ、私に出来るのはここまでだ。


次の生……はまだ先ですね、先ずはあの光の流れの中で共に気が済むまで一緒にいれば良いですよ。


青い光の中でラグナは娘さんと奥さん、それに騎士団の同僚に揉みくちゃにされながら笑っていた。

笑いながら泣いていた。


つられて私まで目頭が熱くなる、歳を食うと本当に……全くこまるよな。


雲外蒼天と言う言葉は励ましの言葉だ。


どれ程厚く雲がはった曇天でも、人は努力を重ね、誠実さを示し続け、直向ひたむきに生きる。そうすればその雲に隠された先の青空の下まで行くことが出来ると言う意味の言葉だ。


彼ら命の旅は、まだ終わりではない。命は星も宇宙も世界も越えて巡る、新たな世界で芽吹くために、その先の生でも必ず巡り会って欲しい。


共に在り続けて今度はどんな苦難も共に乗り越えて欲しいのだ。


「………雲外蒼天と言う言葉もありますから、頑張って下さいね、では」


私もまた笑みを浮かべてながら、この『青い境界』を後にした。



































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