第5話 関本家の未来

「そうそう、皆さんに見せたいものがあるんですよ」

 定子はやちよ達を店の入り口にある持ち帰り待機席に案内した。テーブルの上にはビニールクロスが掛けられており、パウチされた写真が挟まっている。

「待ち時間の間に見てもらおうと思って用意したんです。『リッチ』の歴史ですね」

 写真には開店当時のメニューや店名の入ったマッチ箱、店の前で微笑む男女の姿がある。

「このお二人は先代の店主さんたちかな」

 康史郞の問いに答えたのはまもるだった。

「はい、関本直定せきもとなおさださんと利子としこさん。定子さんのご両親です。私も大変お世話になりました」

「引退しても時々手伝いに来てたんですが、新型コロナが流行り始めてからはずっと家にいます。そのことでちょっと心配なことがあって」

 定子が珍しく険しい表情をした。やちよが尋ねる。

「どうしたの」

「お母さんの物忘れがひどくなってる気がするの。もしかして認知症が始まってるのかも。ずっと家にいるから刺激も少ないし」

「一度『物忘れ外来』みたいな所に連れて行った方がいいのかも。定休日に行けそうな所を探してみるわ」

「ありがとう。チヨはいつもまめに動いてくれて助かるわ」

「こちらこそ、三月四月の一番大変だった時に薬局までお昼や夜食を届けてくれたり、本当に助かったわよ」

「本当に今年の春から夏まで、今まで経験したこともないことが次々襲ってきて大変だったわね」

 定子は士に目をやった。しみじみと士が話し出す。

みどりさんが東京で一人暮らししたいと言い出しまして、なんとか送り出した後に外出自粛要請が出たんです。もちろん『リッチ』も開けず、昼時に店の前にテントを出し持ち帰り販売をして凌ぎました。常連の方々が買いに来てくれて本当に助かりましたよ。ようやく落ち着いたんで、コロナ対策のリフォームをして再開店したんです」

「持ち帰り用に考えたのが『リッチ』名物のクレープをミニサイズにした詰め合わせやナポリタンドック。幸い売れ行きがよかったんで定番メニューにしたのよ」

「定子さんの明るさとアイデアにはいつも助けられています。あとこの石にも」

 士は目を細めると、首に提げたピルケースを取り出した。カプセルを開けると、緑色の石が掌に転がり出る。

「この石が、私と定子さんを結んでくれたんです」


「五歳の時に川で行方不明になり、十五年後に記憶喪失だったところを定子さんとやちよさんに助けられたとはね。奇妙な話もあったものだ」

 士と定子のなれそめを聞いた康史郞は腕組みをしながら言った。

「本当は士さんは宇宙人にさらわれたの。その証拠があの石よ」

「定子さんはそう言ってますが、私は話をした後気を失ったので覚えてないんです」

 士は苦笑する。

「記憶喪失の時に関本さんの家でお世話になり、『リッチ』の味が気に入った私は、お店で修行しながら調理師の資格を取りました。定子さんも高校卒業後調理学校で資格を取りました。力が父の工場を継ぐことになりましたので、私は定子さんと結婚して関本家に入り、店を継ぐ決心をしたんです」

「私が小学六年の時にダッコが転校してきて隣の席に座ってからのつきあいだけど、まさか親戚になるとは思わなかったな」

 やちよの言葉に力が相づちを打つ。

「まさか死んだと思った兄が生きてて、同じ特撮が好きで『ピカーリマン』の話で盛り上がれるような時が来るとは思ってもみなかったよ」

「昔は学校で毎日会うのにダッコと交換日記を付けてたり、色々やってたわね。今では携帯でいつでも話せるし、いい時代になったわ」

 やちよの言葉に定子は手を叩いた。

「あの日記なら、今でも家に全部取ってあるわよ」

「止めてよ恥ずかしい」

 慌てるやちよ。

「もしかしたら翠としゅうくんが結婚して、っていうのも夢見てたんだけど、二人ともいとこ同士のつきあいだけになってしまったわね」

 定子は残念そうに話し出した。

「正直今回のコロナ禍でお店の出費もバカにならなくて。万が一両親が亡くなって相続にでもなったら税金が大変なことになりそうで心配なの。直利なおとしは食品のバイヤーになりたいみたいだし、翠はパティシエールを目指してる。『喫茶店 リッチ』は私たちの代で終わりかもね」

「私は翠さんがケーキ屋をやりたいならここでやってもいいと言ってます。当分は修行でしょうし」

「つまり『コーヒーとクレープとケーキの店』になるのね。それまで続くよう応援するわ」

「ありがとう」

 やちよの励ましに定子は安堵の表情を見せた。

「今までも何度か悩んだり、迷ったりしたことがありましたが、この石を握ると不思議に落ち着くんです。それに、たまに光ってるように見えるんです。そうすると必ずいいことがあるんですよ。定子さんが妊娠したときもそうでした」

 士は掌の石を握りしめようとして固まった。緑色に光っている。

「これは」

 定子が士の掌をのぞき込もうとしたその時だ。『リッチ』のドアが開き、マスク姿でボディバッグを持った初老の男が入ってきた。

「いらっしゃ……集人しゅうとくんじゃないですか!」

 出迎えた士は思わず歓声を上げた。力も思わず手を差し出す。

つつみ 竜郎たつろうさんですね。いつもドラマで見てます」

「まずはアルコール消毒しないと」

 定子は慌ててスプレーを取り出した。


「随分遅くなっちゃったわね」

 鼓が帰った後、駐車場で定子はやちよ達を見送っていた。

「まさか鼓さんが趣味のサイクリングで流川ながれがわの近くを走っていてお昼に寄るなんて。びっくりしたよ。『ピカーリマン』の話もできたし最高だった」

 興奮が収まらない力をやちよがたしなめる。

「これから横澤さんを送ってくのよ。安全運転お願いね」

「分かってるよ。何かあったらお義母さんたちに申し訳が立たないし」

 康史郞は定子に礼を述べた。

「今日は本当に楽しかったよ。また機会があったらよろしく頼む」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 走り去るバンを見送った後、定子は店に戻って携帯電話を持った。

「定子さん、持ち帰りの予約が入りました。十五分後にコーヒーとホットドッグとナポリタンドッグ」

 士が呼びかけるが、定子はあわててアルバムを開いた。鼓と定子たちがやや離れて写っている写真だ。

「さっきの写真を家族専用アルバムに上げとくわ。翠にも連絡しないと」

 写真をアップした定子はアルバムが更新されていることに気づいたが、士に一声かけると仕事に戻っていった。

「翠が何か上げてるから、閉店したら見ましょ」


 翠が上げたのは写真ではなく、ショートムービーだった。オープンカフェに青年と一緒に座っている。翠が呼びかける。

『パパ、ママ、兄貴、元気? 東京もかなり落ち着いてきて、今日はケーキカフェに偵察兼デートに来てます。こっちが同じ学校の製パン科の』

鳥居翔とりいしょうです。そちらのカフェにもいつか行きますから、楽しみにしててください』

 翔が一礼する。

 横澤家・田城家・関本家の血は不思議な縁に導かれ、今一つに繋がろうとしていた。


                                   おわり

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