第4話 田城家の挑戦

 康史郞からバトンを渡された力は、コーヒーを一口飲むと話し始めた。

「私とやちよは、高校生からのつきあいです。その頃私はサッカーに夢中で、やちよにサッカー部のマネージャーになってもらいたくて近づいたんです。塾があるから無理だと断られましたけど、つきあいは大学に入っても続きました。ところがご存知のように当時はバブル崩壊直後。怪我でサッカーも引退し、結局就職できなかった私は、陽光原に帰って父のメッキ工場を継いだんです」

 やちよが続ける。

「私は医師だった父に影響され薬剤師の道を選びました。幸い資格が取れたので陽光原総合病院前の薬局に就職し、落ち着いてから結婚しました。息子の『しゅう』は夫がどうしてもつけたいと譲らなかったんです」

「『ピカーリマン』の友だち『集人しゅうとくん』からですね。横澤さんはご存じないでしょうけど」

 士は目を細めている。

「数年前に田城家の両親が相次いで亡くなりました。メッキ工場も機械の老朽化が激しく、周辺に住宅が建て込んできたので、思い切って廃業することにしたんです。妻が働いてなかったらこの決心はできなかったと思います」

 力はやちよを見つめた。

「こちらこそ。私が安心して働けたのは、あなたと田城さんのご両親がいたからよ」

 二人の間に流れる信頼がこの場を満たしていた。


「力さんは再就職したんですか。それとも隠居ですか」

 康史郞が尋ねる。

「色々考えたんですがこの年で再就職というのも大変ですし、工場の跡地をアパートにすることにしたんです。ただ、メッキ工場の跡地なので有害物質の残留検査に時間がかかり、ようやく建設が始まったら今度は新型コロナでストップ。なんとか8月に完成したんです」

「そのアパートの内装工事業者さんを、『リッチ』のリフォームに紹介してもらったんです。本当に助かりました」

 定子が言った。

 力は携帯電話のアルバムを開き、アパートの写真を見せた。

「名前は『ライトハウス田城』に決めました。『灯台』という意味です。部屋が埋まり、町を明るく照らすようになってくれればと思いまして」

「募集はこれからなんで、横澤さんさえよければ一部屋開けておくこともできますよ」

 やちよの申し出に康史郞はかぶりを振った。

「申し出はありがたいが、向こうにも馴染みがいるし、ヘルパーも定期的に来てくれるから、もう少し頑張ってみるよ」


「そういえば、集くんはプログラマーになったんですよね。最近どう?」

 定子の問いにやちよが答えた。

「元気でやってるわ。新型コロナが始まってからほとんど在宅勤務なんで、実家の私の部屋を仕事部屋にしてもらってるの」

「我が家は古いし、アパート工事でうるさかったからね」

 力が相づちを打つ。

「それに、おばあちゃんが亡くなってから母がひどく落ち込んでしまって。父はおととしから老人ホームに入ってますし、私も薬局の仕事が大変で、なかなか様子を見に行けなかったんです。集が買い物とかも引きうけてくれて助かってるんですよ」

「それは頼もしいわね」

「まだ先の話ですけど、集が結婚とかで家を離れることになったら、私たち夫婦が村橋家に住もうかと思ってるんです。そして田城家の敷地は駐車場にでもしようかと」

「力はそれでいいんですか」

 士が尋ねると、力はうなずいた。

「あの家は兄さんの実家でもあるから言い出しにくかったけど、かなりがたが来てるからね。兄さんの荷物とかはその前に引き渡そうと思ってるよ。なあに、俺は衛星放送で海外サッカーが見れて、アプリのサッカーゲームができればどこでもかまわないさ」

「集も運動はしないけど、サッカーの試合を力とずっと見てるんですよ。二人ともいつまでたっても子どもなんだから」

 やちよはあきれたような口ぶりだが、その表情は愛情に溢れていた。

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