第61話 I‘m here,Japan!

「おはようルック」で毎朝見かける「ちかぴょん」という愛称の女子アナが生放送のテレビカメラに向かって一生懸命にしゃべっているのを横目で見ながら,聖華学園の音楽室でスタンバイをしているのは,「OJ meets a girl」——おじさんが少女に出会った——とムーさんがテレビ用に適当に名付けたバンドだ。

 事務所としては最初は圭をソロのシンガーとする予定だったが,圭がどうしてもバンドでやりたいと言うので,それこそ年齢層バラバラの変なバンドが急遽出来上がったというわけだった。ベーシストの坂倉とキーボードの小林はムーさんが連れてきてくれてた。もちろん菊池の事務所に所属することになった。

 さらに用意した最初の曲は、圭がどうしてもこれがやりたいと言ってスタジオに持ち込んできた曲だった。それが「アイム・ヒア,ジャパン!」という曲だ。七十年代を彷彿させる8ビートのロックンロールは重厚と軽快が見事に融合しており,少し前にバンドメンバーの総意により菊池には内緒でオーバー・ザ・シーより先に曲として完成させていたものだ。ただし、この曲を圭が作った意味について知るものは誰もいなかった。


 撮影の場所は最初いつも使う代官山のスタジオで一曲歌う予定だった。ところがあの朝の人気番組「おはようルック」から出演のオファーがあり、平日の朝にテレビに出ることの許可を申請した途端に、それまでと態度を変えて、聖華学園の録画のできる音楽室かホールを使用してもよいという。ただし、条件は圭がこの学園の生徒であることは伏せておく——これは仕方あるまい——ことと、逆に聖華学園が撮影場所を貸していることをはアピールしろという。

 ——めんどくせえ

 圭太はこの条件を断ろうとしたのだが、テレビ局側が伝統あるミッション系学圏での撮影という世間の興味を得そうな状況に異常に乗り気になってしまい、押し切られる形となった次第だ。最初はホールにしようかとしていたが、一般の観客を入れない形のため、音楽室に生徒を入れてステージを取り囲むように配置して、盛り上がっている演出にすると決まった。

 朝の六時四十分から、女子高生がロックで盛り上がっている——、いや絶対に不自然すぎるだろ。

 圭太にはこのテレビクルーの感覚がよくわからなかったが、どうやら世間はおもしろければなんでもあり、みたいだ。


 事前に圭を中心にバンドメンバーのインタビューは収録してあった。最初に初めて圭と圭太がこの音楽室を使って演奏した録画のダイジェストを一分ほど流してインタビュー、そしてコマーシャルの後生演奏の本番となる。

 曲は二曲。まずは話題となっているオールドロックと女子高生の取り合わせをアピールするため、「のっぽのサリー」をワンコーラス。そのまま曲を繋いでオリジナル曲である「アイム・ヒア、ジャパン!」で熱気あるシーンを演出するのだ。「のっぽのサリー」に入るタイミングを少し間違えば、全く盛り上がりに欠けるシーンとなってしまう。

 全神経を研ぎ澄ましてスタッフからの合図を待った。


「それでは全国の皆さん、お待たせいたしました。今、横浜で大変な話題となっているロックンロール少女がボーカルを務めるバンド、『OJ meets a girl』にその迫力を生演奏で伝えてもらいましょう! ではお願いします!」

 進行の「ちかぴょん」がそう言いながら、右手を振り上げた。

 いきなり圭のボーカルが絶妙のタイミングで炸裂した。いつもにも増して圭のサリーは絶好調だ。観客だけでなく、テレビクルーもノリノリだ。二曲めに入るとさらに観客を巻き込んでヒートアップをしていった。


 ——最高だぜ

 圭太のギターとムーさんのドラムがまたすごかった。圭の声をさらに盛り上げて、熱狂のうちに生放送が瞬く間に過ぎていったのだった。

 圭の歌声が、全国に届けられた瞬間だった。


 ——圭司、ちゃんと日本に伝えたからね

 そんなことを圭が心の中でつぶやいたことは、誰も知らないことだろう。

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