第62話 圭の宝箱

 近頃はインターネット,特にSNSの発達のおかげで海外の情報も本当に即座に手にすることができる。便利なものだ。ほんの十五年ほど前のことなのに隔世の感があると圭司はしみじみと思う。

 自分が音楽活動をしていたときにこんなシステムが発達していれば,と考えなくもないが,結局は真の「才能」というものはどんな形であれ,いつか世に出るものなのかもしれない。自分が世に出られなかったのは,そういうことだと納得させる。


「ステラ,圭があんなに元気に歌ってるよ」

 ステラと二人,肩を並べて観るスマホの小さな画面。菊池の送ってくれた動画には,日本に渡る前の心に傷を抱えた圭とは違う,本来の彼女の姿が写っているようでうれしかった。しかも,二曲目は俺の代わりに日本に挨拶をしてくれたんだよな——。しみじみとそんなことを思いながら,繰り返し動画を二人で観た。

 

 ——これがテレビで放送されてから反響が凄くてね。急に忙しくなって大変なことになっている

 動画には,そう菊池のコメントが添えられていた。


「それにしても,圭太ってのはどいつだ? 最近やたらと圭のメッセージとかに名前が出てくるんだが」と圭司はちょっと不機嫌である。

「ギターって言ってるから,多分この人でしょ?」と圭の横でギターを弾く圭太の映像をステラが指で押さえた。

「なんだ,こいつ。テレビに出るんだから髭ぐらい剃ってこいよ。なあ、そう思わないか?」圭司はイライラするようにステラに同意を求めた。

「あら,ハンサムかどうかは好みだけど,なかなか爽やかな感じのいい男じゃない。髭も似合ってるよ」

とステラはいう。

「まさか,圭がこいつと付き合うとか言わないよな? まだ十六だし」

「まだ? もう十六だよ? 恋愛ぐらいするでしょ」

「いや,まだ十六だ。恋愛なんて早過ぎる。フーミンに言ってこいつを圭から引き離さそう。いや,その前にバンドは解散だな。圭はソロでこそあの歌唱力が生きるんだ。菊池は全くわかってない」と真剣に怒っている。

「圭司ってさ,絶対娘から一番嫌われる父親になりそうだね」そう言ってステラが笑った。


 ——それでね,私の宝箱に入ってる赤ちゃんの頃からの写真とか、そこに住んでから撮った写真をたくさん送って。どれを使うかわからないけど,プロフィール写真に必要なんだって


 菊池のコメントの後ろに,圭が英語でコメントを入れてある。

「宝箱?」すぐにピンとこなかった。

「あの小さなキーホルダーとか指人形とかが入ってるクッキーの缶のことじゃないのかなあ? あの子がハウスから持ってきてた。赤ちゃんの時の写真が入ってるのは見せてもらったことがあるよ」

とステラが言う。

「ああ、それだ。そういえば来たばかりの頃お宝が入ってるって言ってたな。写真なんか入ってたっけ」

 圭司は立ち上がると、圭が使っていた机の中を探した。目的のものは一番下の大きな引き出しに入っていた。よくクッキーとかを入れて売っている厚さ十センチない程度の缶の箱だ。

 隙間に爪を差し込むようにして蓋を持ち上げると、パコッと音がして簡単に開いた。キーホルダー、ビニールの小袋に入ったビーズの飾り。いろんな小物がぎっしりと詰まっていた。確かに子供には「宝箱」だ。

 ——ええっと、写真は

 小物を避けながらステラと二人で写真を探したがなかなか見つからない。底に貼りついてるかもな。

 仕方なくテーブルの上に全部出してみることにする。見た目よりもいろんな物が入っていて、やはり写真のような紙類は缶の底に貼り付くように入っていた。

「ああ、これだ。そういえば一度だけ見せてもらったことがあったな。ここに入っていたのか」

 写真はストロベリーハウスに預けられたときに撮られたのだろう、まだ歩けない頃や、小学校に入った頃の写真が何枚か見つかった。きっと優しいトムとメリンダが残してくれた物だろう。残念なのは、ハウスの経営者が変わった、小学校に入った頃から圭司の家に来るまでの写真は一枚もない。

 缶の中身は圭の宝物だ。写真以外はまた丁寧に箱にしまうことにするため、一旦缶から全部取り出した。すると缶の側面の内側に貼り付くように、何かを包んでいるように紙が折りたたんで入っていることに気がついた。

 黄色く変色したかなり古い包み紙だった。破いてしまわないように指先に力を入れないよう、そっと包み紙を開いてみる。すると、その中にもう一枚小さなメモ紙のような紙がやはり折りたたんで入っている。そっと開く。そこに書かれた文字——

 指先から全身に伝わるように体が震え、一気に掌から汗が噴き出した。一生懸命体の震えを抑えようとするが、治らずまるで自分の体ではないように感じる。思わず顔を上げてステラ見た。

「圭司! それって——」

 ステラも圭司の異変に気がついたみたいだ。圭司が手に持っている紙をじっと見つめていた。

「そうだ。間違いなく多分そうだ。こんなところに入れてあったんだ……」


 子供の名前だけは紙に書いてもらったよ。確かメリンダが……


 トムの言葉だけが圭司の頭を駆け巡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る