第60話 街角ミュージック
「はい、K‘s音楽事務所です」
お菓子を食べる手を休めて早瀬恵が電話を取った。この仕事にも慣れてきて社長がいない時でも仕事の打ち合わせなどもできるようになっていた。
「いつもお世話になっておりますう。OSJテレビ朝の情報番組『おはようルック』で街角ミュージックというコーナーを担当している、アシスタントディレクターの小笠原と申しますう」
いちいち語尾の「う」が気になるが、今どこの何て言ったっけ?
「あっ、はい。いつもお世話になっております」
全く頭の整理ができないまま、恵は当たり障りのない返事を返した。
「あっ、聖華学園にお電話しましたら、こちらを紹介されまして。ええ、早速なんですが、そちらの、おお、そちらの学園祭で歌ってたロックの子に街角ミュージックのコーナーに出演いただけないかと」
ロックの子? はっ? ええっと、確かおはようルッ……。えーっ!
「担当のものと代わりますので少々お待ちくださいませ」
恵は顔も見えない相手に思いっきり愛想笑いをしながら電話を保留にして席を立つ。最近保留のメロディをアメージンググレースに変えたばかりだ。
「うん? めぐちゃん、どうしたの?」
気がつくと顔から血の気の引いた恵が来客用ソファに寝転がっている菊池の前に大慌てでやってきた。
「社、社長、全国から電話、です」
「ゼンコクって誰?」
「だから、全国放送から電話だって! 早く出て」
凄い剣幕でそう言いながら、恵が菊池の腕を取って引っ張ったので勢いでソファから菊池が落ちそうになった。
「ちょっと落ち着いて。な、何? 何があった?」
恵が自分を落ち着かせるように胸に手を当ててごくりと唾を飲み込んだ。
「朝の、人気番組のおはようルックのADって方から電話で、圭ちゃんを番組に出させてくれって。電話が——」それだけ言うとまた菊池の袖を恵が引っ張って電話口に連れて行く。菊池もやっと状況を飲み込めたようで。
⌘
「いやあ、まさか全国放送のから出演依頼がくるなんてなあ」
相手方からテレビ出演の依頼がくるのは菊池の事務所ではこれまでになかったことだ。所属するアーティストはもちろんいろんなミュージシャンやアイドルなどのバックバンドでも活躍する楽器のスペシャリストで、テレビ出演もしているわけであるが、今回はバックバンドとしてではなく、出演依頼だった。
Mチューブやツブッターで話題になりつつある「ロック少女」を、全国放送のおはようルックの「街角ミュージック」のコーナーで取り上げたいという。「街角ミュージック」とはジャンルを問わず、世間でちょっと話題になっているプロやアマのミュージシャンを紹介する人気コーナーだが、こんな小さな事務所の所属アーティストに相手側から出演依頼があるなんて、もちろん断る理由など何一つない。普通はこちらから手土産付きで何度も足を運ばなければテレビなどに出られるものでもないのだ。
これは千載一遇のチャンスである。テレビ局とは一度は打ち合わせをするらしいが、基本的に「街角ミュージック」はそれこそいきなりテレビが訪れてカメラとマイクを向けられる、素人参加型のコーナーのはずだ。せっかくテレビに出るのだからその短い時間でインパクトを残したいところだ。
電話をしてきたADの話では、「女子高生と強烈なシャウトのギャップ」が今回の注目ポイントであり、その方向で番組を組み立てたいということだ。
——さて、どうしたものか。せっかくだから、オリジナルがいいんだけどな
菊池があれこれ考えているところへ、圭と圭太が練習用のスタジオから事務所へ帰ってきた。
「おお、ちょうどいいとこへ帰ってきた。なあ、お前らの曲で一番ご機嫌なロックンロールってなんだ?」
「アイム・ヒア、ジャパン!」
圭と圭太の答えは見事に完璧なユニゾンとなり、思わず二人は顔を見合わせてハイタッチを交わしたのだった。
——アイムなんだって? 俺は知らねえぞ、その曲
取り残された菊池だけがポカンと口を開けて二人を交互に見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます