第十一話 新しい希望

「もし、今日から住む場所が変わるとしたら、ケイはどう思う? うれしいかい?」

 警察からステラとケイの待つ車に帰ってきた圭司は、まずケイの目を見ながらそう言った。

 後になってその時のことを圭司が思い出そうとしても、ケイがなんと言ったのかよく覚えていない。覚えているのはケイの瞳がじっと圭司を捉えて離さなかったこと、首を何度も縦に振ったこと、そしてその大きな目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちたことだ。

「それ、どういう意味?」

 代わってステラが口を開いた。

「もし許されるなら俺がこの子を引き取って育てる、つもりだってことだ」

 そういう圭司に、ステラは微笑みながら、

「圭司なら、そうするんじゃないかって思ってた」

と笑って言った。

「えっ、そうかい? なんでそう思うの」

「だって、私をあの店で雇ってくれた時だってそうだった」


 実は店をオープンする前、小さな店で経営もまだ見通しがついていなかったので、本当はしばらくの間は誰も雇わずに一人でやろうかと圭司は思っていた。だから、従業員募集もしてなかったところへ突然現れたのがステラだった。

 店の準備も整い、その日久しぶりにギターを持ち出して路上で弾いて帰ってきたときのことだ。

「この店、いつからオープンするの?」

 店の扉を開けようとした圭司に確か彼女はそう言ったのを覚えている。

「ああ、明日からやろうと思ってるよ。よかったら明日のランチでも食べにきて」

「じゃあ、明日から私を雇ってくれない? 今仕事がないの」

「いや、上手くいくかわからないから、当分は人を雇わないでやろうと思ってるのさ。悪いな」

「週給はいくらでもいいから。私、こんなこと得意だから、絶対あなたの力になれると思うよ」

「でも、まだオープンするところだから、いくら出せるかわからないよ。だから……」

「じゃあ、売り上げがなかったらしばらくはタダ働きでもいいわ。いい条件でしょ? 暮らしていけなくなったら、突然黙って消えるかもしれないけど」

 ステラは屈託なく笑っていた。

「でも、それじゃあ君に悪い。俺が気が引ける」

「もう焦ったいわね。私、今日は彼氏を待たせてるから今すぐに決めてくれなきゃ時間ないの。お願い、ここで働かせて!」

 懇願するように透き通るような青い瞳で見つめるステラに、ついに圭司は押し切られる格好となった。あれからもう二年以上が過ぎたが店は順調で、今のところステラはまったく辞める気配はない。


「あの時とはだいぶ違う気もするが」

 圭司が笑う。

「あの時、圭司が雇ってくれなかったら、私、希望を失ってテネシーに帰ってたかもしれない」

 照れ笑いをしながらステラが言う。

「大袈裟だな。そういえば、今頃言うのもなんだけど、なんで俺の店に来たんだい?」

「あの日さ、圭司は街角でギターを弾いてたじゃない。何を歌ってたか覚えてる?」

「えーっと、なんだったっけ」

「テネシーワルツよ」

 ——ああ、そうだ。確かに歌った。

「そうだったな」

「そう。優しい声だなって。だから、もう少し聴きたくてあなたの後を追いかけたら、あのお店に着いたのよね」

「ああ、だからいきなり話しかけてきたのか。でも、それがケイと何か関係あるのかい」

 圭司がそう言うと、ステラから笑顔が消えた。

「この子は私なのよ」

 それだけ言うと、ステラが黙った。そしてしばらくしてまた語り出した。

「私も同じようにテネシーの施設で育ったの。だから他人事じゃない」

 ステラは日頃からとても陽気な女性だった。そんな陰など見せたことがない。

「それは知らなかった」

「たぶんケイは今は安心して暮らせる場所がないの。だから、こんな子供が大人から夢を奪われる生活をしてたのなら絶対に許せない。なんとかこの子に新しい希望を与えてあげたいって昨日この子の体を見たときに思ったの。でも、私にはどうしていいかわからなくて。あなたが同じことを考えてくれていたのなら、それがとてもうれしい」

 そしてまだ泣いているケイをステラはまた抱きしめた。

「どうしたらいいのかわからないのは俺も同じだ。ただ、俺が育てます、ハイそうですかというわけにはいかないんだろうな。でも、とりあえずはハウスに行ってみるしかないな」

 それだけ言うと、圭司はエンジンをかけて、ケイが暮らしていたというストロベリーハウスへ向かって車を走らせたのだった。

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