第十話 行列のできる相談所
ニューヨーク市警アミティ分駐署に入ると、まずは総合受付のような場所へ案内された。すでに十人ほどが並んでいる。そこでまず用件を告げると、その用件に応じた課の場所を案内されるのだ。
圭司が「人を探している」と言うと、階段を上った二階にある課を案内されて言われた場所へ行った。
「ハイ」
窓口には中年の体格のいい女性の警察官座っていて、圭司ができるだけ愛想よく声をかけると、老眼鏡だろうか、彼女は少し下に眼鏡をずらして圭司を見て微笑んだ。
「こんにちは。ええと、ご用件は?」
見た目より優しい口調で彼女が言う。
——さあ、大事なとこだ。
圭司は微笑みを絶やさないように、怪しまれないように、できるだけ丁寧な言葉で窓口の彼女に話を切り出した。
「友人に頼まれて、家出人捜索の届出に来たんだけど」
「おや、それはご心配ですね。ええと、家出の兆しとかはあったの?」
「ええ。なんか、マンハッタンの方へ行きたがってたみたいで」
「おいくつぐらいの方?」
「来月には十一歳になる女の子でね。どうも華やかな街へ遊びに行きたいって前々から言ってたらしいんです」
窓口の女性は机の脇のキャビネットから紙を一枚取り出し、圭司の目の前のカウンターへ置く。
「十一歳ですか。一番華やかな街とかに興味が湧く頃ですわ。じゃあ、この書類にいなくなった女の子の名前とか、髪の色、身長、体重……これは痩せてるとか太ってるとかの外見的な特徴を含めて、できるだけわかりやすく。それから家からいなくなったときに着てた服がわかればいいんだけど。あと、いつからいなくなったのかとか、その辺をできるだけ詳しく書いてくださいね」
「ああ、ありがとう。全く最近の子は何を考えてるんだか、歳をとるとわからなくなります。無事だといいんですが」
圭司が心配そうな声で言う。
「昔からそうですよ。思春期になる女の子なんて特に。でも、そんな子の場合、二、三日もすると帰ってくることも多いんですよ」
届けに来た圭司を心配させまいという配慮だろう、彼女がそういう。
「そうだといいんですがね」
彼女の言葉に少し安堵した素振りを見せて、それから圭司はボールペンを持って書類を書き始めようとした手を一旦止め、
「ああ、そうだ。その前に確認してもらっていいかな」
と彼女に聞く。
「なんでしょ」
「実はその子、街外れにあるストロベリーハウスという施設の子なんです。私はそこの奥さんから頼まれてきてるんだけど、ハウスのご主人が警察に届けなきゃとか言ってたらしいんですよね。もしかして、すでに届けてるってことはないですよね? 女の子の名前はケイ・タカハシです」
「ああ、ありえないことはないですね。ちょっと待ってくださいね。ええと、ストロベリーハウス、ストロベリーハウス、のケイと……」
窓口の彼女がパソコンの画面を見ながらキーボードをカチャカチャと打ち、
「どうやら届出はまだされていないようですね」
「あっ、そうですか。じゃあこれで私も奥様からの依頼を果たせそう……、おっと電話だ」
そういうと、圭司はくるりとカウンターへ背中を向け、携帯電話を手にして耳に当てた。もちろん本当に着信などあったわけではない。
「はい。はいそうです。ええ、今警察へ来てて」
チラリ、チラリと横目で警察官を見る。
「えっ、見つかった? 帰ってきたんですか? ええ、はい、はあ、よかった。じゃあ届出はいらないと。あっ、はい。わかりました。すぐ帰ります」
そういうと圭司は二つ折りの携帯電話をパタリと閉じて窓口の彼女を見た。今の電話の様子から届出がいらなくなったと彼女も察したらしい。満面の笑みを浮かべている。圭司は少し照れた顔をし、頭をかきながら、
「あなたの言うとおりでした。つい今、ハウスへケイがケロッとして帰ってきたらしいです」
「まあ、ご無事だったのならなによりですわ」
「いやあ、せっかく勇気を出してここまできたのに、無駄足でした。あなたにもとんだお手間を取らせましたね。申し訳ない」
「あら、いいんですのよ。こちらは仕事ですから。どうぞ帰って顔を見てあげてください」
優しくそう言う警察官に圭司はヘラヘラと笑い、何度も頭を下げながら部屋を出た。そして部屋を出た途端に、それまでと打って変わって表情が険しくなる。
——少なくともも四日目なのに、届出もしてない、か。
出口に向かう階段でしばらく立ち止まって考えた圭司は、昨日の夜考えた、ある一つの決断をしたのだった。
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