『調和の銀軸―永久明日指令ノベライズ』ライコウ文庫
おや、またお会いしましたね。
貴方も、また架空ライトノベルの話を聞きにいらしたんですか?
なるほど、では少しばかりゆっくりしていきましょうか。
マスター、いつものを。
ここのマスターが入れるコーヒー、本当に『無』に近い味がするんですよ。
美味しいとか、マズいとかそういう概念を通り越して、『無』。
それがまた、この架空ラノベの話に実に合うんですよね。
おっと、そうこうしているうちに、あちらのボックス席の女性二人組がなにやら話を始めたみたいですよ。
では、ちょっと聞き耳を―――――――
「先輩先輩、ちょっと聞いてくださいよぉ」
「ええい、なんだ気持ち悪い!」
「
おっと、ガチャ廃人の方でしたか。
ここからどうラノベの話になっていきますか。
「知るか馬鹿! そもそも、ここはラノベの話をする喫茶店だぞ、なんでソシャゲの話を聞かなきゃならんのだ」
「ああ、待ってください、帰らないでくださいって! ここからラノベの話になるんすから」
「本当だろうな?」
「ホントですホント。そもそも、なんでそのネーカーが欲しくなったかというとですね、実はこのインオダ、様々なレーベルでノベライズが出てるんすよ」
「あー、確か運営に三門出版グループが一枚噛んでるんだっけ?」
三門出版といえば、メディアミックスとキャラクターコンテンツの最大手ですからね。
今のラノベレーベルも三分の一は三門出版の傘下にあると言われるほどですし、ゲームに手を伸ばしているのも当然といえば当然でしょうか。
「そうっすそうっす、だからいろいろな雑誌でコミカライズも連載してますし、ラノベも系列レーベルをまたいでいくつか展開しているわけで……。その中でも自分が一番傑作だと思っているのが、ライコウ文庫の『調和の銀軸』なんすよ」
「なるほどな……。でもゲームのノベライズなんて、ゲーム本体をプレイしていたら触れる必要なんてないんじゃないか?」
「うわっ、先輩それ本気で言ってます? 石器時代の読者すか? 確かに、ゲームのストーリーをなぞっていくタイプのコミカライズやノベライズもありますよ。インオダでいうならPSツー文庫でやってるやつとかは、まさにそのままストーリーを追ってるやつですね」
「ああ、そういや本屋で見た気がするな。なんかキャラのコードが付いているとかどうとか。私さ、そういう売り方はどうかと思うんだよな。小説なら本だけで勝負せんかい!」
コード目当てで本を買う廃人の方も多く見受けられますからね。
流石にそれで本が売り切れるとか転売屋に目をつけられるところまではいっていないみたいですが、純粋な読者からすると、ひとこと言いたくもなるんでしょうね。
「そういう需要もあるってことすよ。それに、アレはどちらかというとゲーム未経験者を引き込むための本なんすから。ストーリーを知って強キャラ貰ってジャンプスタート!って感じで。でも今日話す『調和の銀軸』はというと、ゲーム本編とは全く関係ない、まあ例えていうなら外伝みたいな話をしているわけなんす」
「ほう。そういうのもあるのか」
「しかもこの『調和の銀軸』は、アニメ化作品もある
「ああ、KF文庫JJの初期を支えたラブコメだったか。後半は完全に異能バトルだったらしいが……。その後もわりと手広くやってる作家という認識だったが、今はそんなことしてるのか」
「インオダは気合入ってますからね。さっきのPSツー文庫のやつだってベテランの
「まあ、言いたいことはわかった。だが、結局はノベライズだろ? ゲーム未プレイの人間にも楽しめるのか?」
確かに、本編を追いかけないタイプのスピンオフだと、未プレイの人間には説明不足になってしまいがちな気はしますね。元々、読者ターゲットに入っていないということもありそうですし。
「うっ、そこを突かれると厳しいとこすね。確かにゲーム内のネタとか設定はわかりにくい部分もあるでしょうし、ガッチガチにスラング使っている作品もあったりするのも事実です。でも『調和の銀軸』はその点でも問題ないすね」
「ほう、大した自信だな」
「なんせ主人公のネーカー以外は、ほとんどゲームのキャラは出てきませんからね。ゲーム本編主人公のトモヲくん(仮)なんて影も形もないですし」
「トモヲくん? なんだその気の抜ける名前は? 本当に主人公か?」
「通称ですよ通称。男主人公と呼ぶわけにもいかないじゃないすか、デフォルトネームも定着してないし。まあ話を戻しますと『調和の銀軸』はその主人公くんも出てこないんすよ。実はこれ、インオダのノベライズでもこの作品だけなんす」
「ほう、そうなのか」
「これはオフィシャルな話じゃないから話半分で聞いて欲しいんすけど、『調和の銀軸』は元々インオダのメディア展開プロジェクトの予定にはなかったらしいんすよ。でも、インオダをプレイした歩成先生がネーカーにベタぼれして、プレイ後一週間で外伝を書き上げて出版社にいきなり一冊分の原稿とその後のプロットを送りつけたとかなんとか……」
「確かに歩成飛馬といえば速筆で知られていたからな、ありえない話ではないが……」
にしても、豪快なエピソードですね。
平成を通り越して昭和の匂いもします。
「だから『調和の銀軸』だけは他のノベライズと毛色が違うってのは旅行者の間でよく言われてることすね。あ、旅行者ってのはインオダのプレイヤーの通称です」
「ふーん。で、私にもそれを読めと」
「ハイッ! それで、できればインオダも一緒にやってほしいなぁ、と」
なるほど、それが主目的でしたか。
「ゲームはやらんぞ。私のスマホは読書専用機なんだ」
「もう電話ですらないんすね……」
「とはいえ、そんな作家の情熱を原稿をぶつけて出来たような作品が気にならないといえば嘘になるな。ふむ、どんな話か紹介してみてくれ。ただし、そのインオダとやらの話題は抜きでな」
「うっ、なかなか無理難題を言ってくれますね。まあとにかく、話の筋としてはシンプルなんすよ。『
「サラッと言ったがなかなかヘヴィな展開だな。最近のソシャゲってのはどれもそんな感じなのか?」
「いえ、さっきの話の八割は歩成先生の捏造っす」
「な……」
「元々ネーカーというキャラ自体は、ぶっちゃけ低レアの、そんなに深く掘り下げられていないキャラだったんすよ。ただ、スキルの使い勝手がいいから戦力の整わない序盤だとわりとお世話になりがちなんすよね。そこにフレーバーテキストで『復讐のため旅をしていた』という一文が添えられていて。それで歩成先生の情熱が爆発したというわけです。実は原作では村さえ焼かれていなかったんすから」
「その一文だけでそんな二次創作をぶっ放したのか、歩成飛馬は……」
いやはや、まさに作家の創作力の無駄使いというべき案件ですね。これは。
いえ、出版までこぎつけたのですから、無駄にはならなかったわけですが。
「もちろん、基本フルボイスなんで戦闘とか他のセリフとかもあるんすが、まあ情報量は少ないすね。おかげで、元のキャラとの矛盾が生じないというか、元がない」
「そりゃそうだ。で、なんでそんなキャラのガチャでドブるんだ。低レアだったんじゃないのか?」
「そこはまさに『調和の銀軸』効果すよ。出版後、ネーカーは一気に人気が跳ね上がりましたからね。最近のゲームではたまにあるシステムなんすが、限定アイテムの《明日晶》というアイテムを使えばレベル上限を突破させることができて、低レアキャラも上級キャラに肩を並べる強さになるんすよ。で、去年この《明日晶》がもっとも使われたキャラがネーカーだったわけなんす」
「なるほど、それは確かに歩成飛馬効果といえるかもしれんな」
「それで、ネーカー人気を見た運営が全体的に基礎能力を高めた、高レア版ネーカーを実装したという流れすね」
「商売上手なことだな。しかしそこまでしてもらえれば、歩成飛馬も本望だろう。外伝小説を送りつけた甲斐があったというものだな」
「それが……」
「ん? なにかあったのか?」
「……これもオフィシャルな話じゃないので話半分に聞いてほしいんすが、歩成先生、高レア版ネーカーのガチャで『調和の銀軸』1巻の印税を溶かしたとか、なんとか……」
「なんと……、運営も少しは融通してやれ」
世の中には『原作者が一番の廃課金』と言われているゲームもあるくらいですからね……。
「インオダで儲けた金をインオダに還元する。恐ろしい金の流れすわ……」
「私は絶対プレイしないからな!」
――――――どうでしたか。今回の架空ラノベのお話は。
いやはや、ガチャとは本当に悪い文明です。
しかし、最近のノベライズは本当に多種多様で、ライトノベルの裾野の広がりを感じますね。
今回から『この架空ライトノベルがすごい! 』いわゆる『かくラノ』も、ノベライズやスピンオフ作品も投票作品対象になったようなのでさらに注目が集まる可能性もありますね。
私の若い頃はゲーム関係のラノベ系書籍といえば、ゲームブックやらTRPGのリプレイやらが主流でしたが、時代も変わるものです……。
おっと、これは昔話が過ぎましたね。
それだけゲームとライトノベルの親和性が高いということでしょうか。
ゲームを原作にしていなくても、ゲーム的なものを元にしたライトノベルはいくらでもありますから。
そういえばどこかのレーベルの新人賞も、以前はゲーム大賞という名前でしたね。
それでは、またお会いできる日を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます