架空ラノベ喫茶 ラ・ノーブル

シャル青井

『聖パルティス学園木登り部の栄光と没落』PSツー文庫

 ようこそ、非実在ラノベ喫茶『ラ・ノーブル』へ。

 この店は初めてですか。そうですか。

 いえ、私はただの常連客ですよ。

 皆は『ハカセ』などと呼んでいますが、そうたいしたものではないですから。

 で、あちらで黙ってグラスを磨いているのがマスター。

 貴方もご存知のとおり、この店は、まだこの世に存在しないライトノベル、生まれることもなく消えていったライトノベル、与太話の中だけに存在するライトノベル……、そういった架空のライトノベルの愛好者の方々が情報交換をする、知る人ぞ知る店ですからね。

 あなたもここに来たってことは、なにか架空ラノベの話を聞こうというのが目的でしょう。

 ほら、あそこのテーブルのサラリーマン風の二人が早速話を始めましたよ。

 ちょっと聞き耳を―――――――



「ここに呼んだってことは、なんかいい物を見つけてきたってことでいいんですよね?」

「ああ、じゃあ早速紹介していくぞ。今日持ってきたのはPSツー文庫の『聖パルティス学園木登り部の栄光と没落』だ。作者は祝岩イワシでイラストはUZA-1。わりと古めの、知る人ぞ知る作品だな」

「なるほど、PSツー文庫ですか。あそこは一時期その手の学園系青春小説を推していましたからね。むやみやたらと数を出しすぎて名作になれる作品も埋もれてしまったのは、もったいない話でしたが……」


 フムフム、レーベルカラーの話から始めるとは、あの二人なかなかイケる口ですね。

 おっと失礼、私は常連客の話に聞き耳を立てながら、ついつい独り言を言ってしまうんですよね。

 そんなことより、彼らのあらすじの話ですよ。


「舞台は三重県大大大台ケ原市にある魔法学園『聖パルティス学園』、ここに新入生として木登りが趣味の空登レンがやってくるところから話が始まるわけだ。このレンが学園中の木を登ってヒロインたちと出会っていくのが第一章」

「三重県って……舞台は日本ですか。魔法学園なのに」


 まあ、大大大台ケ原市は実在しないでしょうけど。


「現代日本だぜ、魔法があること以外は。ファンタジー魔法学園より現代異能系の学園モノが強かった頃の名残りだな。それで、最初は学園モノらしく、木登りを通じてヒロインたちと出会っていくわけだ。凄いぞ、よくもまあ木登りというシチュエーションでここまでひねり出したなって感じで」

「うーん、ちょっと想像できないんですが……。木から落ちたらそこに相手がいたとかですか?」

「それは三人目の治癒術士ヒーラー、福田カイエだな」

「あるんですか!?」


 あるんですよね、これが。


「そりゃあるさ。誰もが思いつく状況だしな。ただ、この話の主人公空登レンは木登りプロ級のスーパー木登りボーイだぞ。そんな彼がなぜ木から落ちたのか、そこがカイエのシーンのポイントとなるわけだ」

「なるほど……。で、他はいったいどういう状況で木登りが?」

「そうだな、たとえば戦士で最初のヒロイン、井草ツカサはある木の下で剣の自主練をしていたわけだ、で、ここからどうなると思う?」

「剣がすっぽ抜けて飛んでいって、木の上にいた主人公に当たるとか?」


 ああ、これは以前キャプがSNSでバズっていましたね。

 実際にそんなことになるはずないみたいな感じで晒されていたのに、再現した絵が個性的で妙にウケちゃって。


「惜しい。飛んでいくのは剣ではなく、レンだ。風魔道士であるレンの鼻歌とツカサがリズムよく振る剣が共鳴しあって生じた気流が、レンを吹き飛ばしたんだ」

「人間を吹き飛ばすってどんな風ですか! あと主人公、木登りが趣味なのに魔法使いなんですか? フィジカル系?」

「そうなんだよ、木登りは完全にただの趣味なんだよ。祝岩氏本人もどこかのインタビューで、『あえて木登り自体には深い設定を付けなかった』って言ってるし。まあ、そこについては主人公の個性を掘り下げそこなった感は否めないけどな。巻数が続けば何らかの理由が語られることになったかもしれないが……」

「これって全何巻でしたっけ?」

「2巻だ、2巻。しかも1巻でわりとやりきった感があったから2巻は蛇足感が強い。ネタも空回りしてるし」

「あちゃー」


 祝岩先生、結構ネタの温度差が激しいですからね……。

 特にネット関係のスラングとかだと、2周遅れみたいなのも平気で面白いと思って使いますし。

 ネタが無くなるとここが顕著になってくるのがキツいところです。


「まあでも、1巻は面白いぞ。詰め込み過ぎ感はあるけどな。で、木登りとキャラ集合編で第一章は終わり、ここからが凄いんだ」

「凄いって、木登りをするんじゃないんですか? 木登り部は?」

「それはそうなんだが、まずそもそも、木登りの概念そのものが変わるんだ。学園の木をあらかた登り尽くしたレンは、学園の裏山にある『伝説の樹トメリア』を目標にすることになるんだが、なにしろこのトメリアが凄い。由緒あるこの学園の創立前から今と変わらぬ姿でそこにあったといわれており、すでにその存在自体が迷宮と化しているくらいだからな」

「ほうほう」

「ようするに章ごとに作品のジャンルが変わるんだよ、この本は。トメリアの内部には魔物も住むし、途中には色々な年代の遺物が残っている。いわばお宝だな。つまりここから話は完全にダンジョンアタックなる。そう、ハックアンドスラッシュだ」


 これ、ぼーっと読んでると完全に不意を付かれるんですよ。

 あらすじとか事前情報だと完全に木登り部で女子とわちゃわちゃするいわゆる『部活系』のラノベという雰囲気でしたし。


「おいおいおい、木登りは!?」

「だから登ってるって、伝説の樹をよ。とにかくこの大迷宮だ。一人では手も足も出ないことがわかったレンは、その頂点に向かうためにメンバーを集めるわけ」

「それが第一章のヒロインたちですか」

「そのとおり。木登りがきっかけで出会ったレン、ツカサ、カイエ、そして盗賊娘の塔屋シィの4人パーティでトメリアへの挑戦が始まるんだが、問題はここからだ」

「そりゃ、学生が迷宮に挑むのは厳しいでしょう」

「いやいや、違うんだよ、これが。実はレンたちのアタックを見て、聖パルティス学園に空前の木登りブームが起こるんだ」

「は? 木登りブーム?」

「まあ聞け。レンたちのトメリア挑戦が始まってすぐ、学園にある噂が流されてな。『トメリアの頂点にはなんでも願いを叶える古代魔法の宝玉が隠されている』という話になり、他の生徒たちもトメリアに殺到するんだ。そしてその流れの中で、学園内にいくつもの『木登り部』ができることになる」

「出ましたね、木登り部! というか、主人公が木登り部を作るんじゃないんですね」


 ここの捻りも凄かったんですよね。

 タイトルの『栄光と没落』が実は主人公とはあまり関係ないのでは?となってしまうわけですし。


「レンはあくまで趣味の範囲で活動してただけだからな。この各『木登り部』どもの群雄割拠を書くのが第三章になるわけだ。あ、ここから政治パートな」

「またジャンル変わった!」


 そう、また大変転が起こるんですよね。 


「他の木登り部をいかにトメリアに挑戦させないか。なんか全体でそういった動きが活発になって、そこにレンも巻き込まれていくことになる。トメリアに近付くのに許可証が必要になったり、道具の持ち込みが制限されるようになったり、パーティの集合に妨害が入るようになったり……」

「うわぁ……」

「この辺の展開はわりとファンの中でも評価の分かれるところでな。第二章のハクスラパートが明るく楽しくテンポよくって感じだったから、正直ストレス展開ではあるんだわ。その分、章のラストでレンがすべての背後にあった陰謀を解き明かして証明するシーンのカタルシスにもつながっているんだが……まあ好き嫌いは出る」

「出るでしょうね……」


 このあたりの論争は外から見ていてもそこそこ尾を引いた印象はありますね。

 この作品の売上がイマイチ伸び悩んだのは、ここらへんの影響があったのかもしれません。


「そして終章ではレンは再び『ただの木登りが趣味の少年』として、トメリアに挑むことになるわけだ」

「一人で大丈夫なんですか? ものすごくヤバい迷宮なんでしょう」

「そこでこれまでの章で積み重ねてきたものが活きてくる展開となるんだよ。人は一人で生きているわけではない。そういった様々な人々の想いを背負っていることを実感するラストでな。これがいいんだ。これが見られたから、俺は第三章肯定派」


 確かに、あの展開は三章のいざこざがあってこそって感じはあります。

 この作品の持つ歓喜を肯定するなら、三章は絶対に必要な部分となるでしょう。


「なるほどねえ……。確かに、色々と面白いことをしようとしているのはわかります。でもまあ、売れないだろうなというのもなんとなく感じてしまいますね……」

「あー、それは否定できん。まあ話を戻すと、レンはなんとかトメリアの頂点までたどり着くことができるわけだが、そこになにがあったのかは、自分で読め」

「えー」

「ここまでゴチャゴチャやったわりにきれいに終わるからな。そこは本当に大したものだよ。まあだからこそ、2巻があの惨状になるんだが……」


 ああ、言葉を濁すしかないですよね、2巻は……。


「え、なんですそれ。2巻そんなにヤバいんですか?」

「……少なくとも、1巻を超える要素は一つもないかな……。ネタは寒いし、スケールは小さいし、テコ入れの新キャラも失敗してたし……、そういうこともある」

「あっ、そう……。祝岩イワシ先生もファンの評価のわりになかなか巻数の続かない作家ですからね……。いや、俺が読んだのはまだ1巻だけしか出てない『ミューズ・マテリアル・イン・マンデー』だけですが」

「MMiMか。アレはいいよな、アイドルの話をあんな膨らませ方をするのは祝岩作品くらいだろ。それ以外にもウケそうな要素はたくさんあるし。イラストもいいよな、売れ線の若芽さん連れてきたし、作風にも合ってる。でもなあ……祝岩作品はだいたい2巻がヒドいことになるからな。元々人を選ぶタイプの作家なのもあるが……。なんかきっかけがあればブレイクしてもおかしくないとは思うんだけど……」


 ああ……わかりますよ、その気持ち……。


「そこはMMiMに期待ということで……。少なくとも1巻は結構売れたみたいですし。なんせそれまで祝岩先生の本を読んだこともなかった俺も買ったくらいですからね。今年の『かくラノ』も、新作部門なら結構いいところまで行くんじゃないですか?」

「だといいけど……。2巻、上手くいくといいな……」



――――――どうでしたか。今回の架空ラノベのお話は。

 この喫茶店には、彼らのように架空ラノベの話をしたい人たちが集まって、まだどこにもないその小説を語らっているのです。

 彼らの話が聞きたくなったら、またいつでも来てください。

 もちろん、貴方がなにか小説を持ってきてもいいですよ。

 その時は私と語りましょう。

 こう見えて私も、架空ラノベには少し煩い方でしてね。

 え、見たらわかる? それはそれは。


 それでは、またお会いできる日を。

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