第二十二話 覚悟の勧め
崗(おか)の国を目の前にして、突如現れた船団。この対応を巡り、狭野尊(さの・のみこと)一行は議論を展開していた。そこで、椎根津彦(しいねつひこ)が語り始めた。
「日臣殿では、小舟一艘、漕ぐのも難しからんと存じまするが、それがしなら容易(たやす)きこと・・・。それがしが小舟にて向かい、そこで、海の民として口上(こうじょう)を述べましょうぞ。なに、御心配召されまするな。我が名であれば、この海にも轟(とどろ)いておりまするゆえ、あの者らもぞんざいには扱わぬでしょう。」
椎根津彦からの提案に、日臣(ひのおみ)も狭野も唸るほかない。しばらくの沈黙が続いたのち、長兄、彦五瀬(ひこいつせ)が、やおら口を開いた。
「では、椎根津彦、汝(いまし)に任せて良いのじゃな?」
「お任せくださりませ。」
自信満々な椎根津彦を見つめながら、狭野は思った。海の民だからこそ、互いに通じるものがあるのかもしれないと。しかし、それで良いのかという思いもある。もし、これで椎根津彦の身に何かあったなら、黒砂(いさご)と真砂(まさご)の姉妹に、会わす顔がない。それだけではない。椎根津彦を失ったなら、この先、誰が水先案内をするというのか。
疑念はそのまま声になって発せされた。
「わしは認められぬ。汝(いまし)を失うわけにはゆかぬ。」
頑なな狭野に、彦五瀬が呆れ口調で返す。
「ほかに策が有ると申すのか? 椎根津彦に任せるべきとは思わぬか?」
「椎根津彦も、日臣も、それがしの大事な家臣にござる。この先も、我(われ)を支えてもらわねば・・・。」
「では、向こうの動きを待つか?」
元々、彦五瀬は武装に反対していた。こちらから動くべきではないとも言っていた。しかし、狭野は違った。まずは、相手を信じること。これを優先すべきであると・・・。
「矢が飛んで参った時は、それまでのこと。神々が、我(われ)らを見捨て給(たも)うたということじゃ。それなら、それで致し方あるまい。我(われ)は決めたぞ。あの者らを信じ、このまま向かう。」
主君の衝撃宣言に、日臣や椎根津彦だけでなく、他の者らも狼狽(ろうばい)し、次々と声高(こわだか)に応えてきた。
「我が君、それは浅慮(せんりょ)というものにござりまするぞっ。」
「ここは椎根津彦殿の策を受け入れ・・・。」
「我が君に、もしものことあらば、この旅は、一体どうなりまする?!」
様々に飛び交う声。それを狭野は、手の平を突き出して抑えた。
船上に静寂が戻った。浪と風の音(ね)が微(かす)かに囁(ささや)く甲板で、狭野は周りに集う者たちの顔を見渡した。
頼もしき兄、彦五瀬。心強い次兄、稲飯(いなひ)。面倒見の良い三兄、三毛入野(みけいりの)。己(おのれ)に似ず、聡明な息子、手研耳(たぎしみみ)。
物知りな天種子(あまのたね)。剣技に長けた日臣。その武技を継ぐ子息の味日(うましひ)。飄々とした剣根(つるぎね)。その子息の夜麻都俾(やまとべ)。頑固な五十手美(いそてみ)。律儀な天道根(あまのみちね)。その子息の比古麻(ひこま)。血気盛んな大久米(おおくめ)。忠義に厚い椎根津彦。そして、ここまで付いてきた興世姫(おきよひめ)。
一巡したのち、狭野はおもむろに言った。
「新しき国は、家族の如き国であらねばならぬと思うておる。高千穂と菟狭だけでは足りぬ。崗もまた然りじゃ。この八洲(やしま)を家族とせねばならぬ。」
ここで一息つくと、狭野は長兄の方に視線を向けた。
「長兄、遠く離れた親族の家を訪ねるに、甲冑を身に付ける者がおりましょうや? 剣(つるぎ)、携(たずさ)えたる者がおりましょうや?」
「狭野よ。汝(いまし)の言いたきこと、その想いは分かる。されど・・・これは無謀というものではないか?」
「無論承知の上。それゆえ、皆に頼みたいっ。我(われ)と共に死んでくれっ。もし生き残りたる者がおれば、我に代わって八洲をまとめよっ。」
口を強く結ぶ狭野に、次兄の稲飯が、半ば怒ったような、半ば困ったような素振りで噛みついてきた。
「正気か?! 己(おのれ)は死んでも構わぬと申すか? 生き残りし者が跡を継げと申すか?」
「その覚悟無くして、新しき国が作られましょうか?!」
狭野の目は情熱に包まれていた。この目を冷まさせ得る者などいない。主君の理不尽とも言うべき指令に従い、船は怪しげな船団へと舵を向けるのであった。
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