第二十一話 怪しき船団
狭野尊(さの・のみこと)一行は、菟狭(うさ)を旅立ち、崗(おか)の国に向かった。崗は、瀬戸内交易路の最西端となる国で、瀬戸内航路と九州航路の分岐点とも言える、交通の要衝である。
崗は、現在の福岡県北九州市に位置する。遠賀郡(おんが・ぐん)一帯を指すものと考えられ、熊族(くまぞく)という海の民が支配していた。関門海峡も、当時は岡水門(おかのみなと)と呼ばれており、名前からして、崗の民が治めていたようである。
その海峡に狭野たちの船が差しかかった。椎根津彦(しいねつひこ)が浪の音(ね)に抗(あらが)うように雄叫びを上げる。
「そろそろ崗の国にござぁぁる!」
水先案内人の声に唆(そそのか)されたように、狭野や家臣らが船首に集まる。陸と陸に挟まれた海域。浪は川の如き流れを生み出し、大河を渡っている感がある。
家臣の一人、日臣(ひのおみ)が遠くに目をやると、何やら蠢(うごめ)くものが波間に漂っているのが見えた。更に目をこらしてみる。船団が待ち受けているようである。
「なにやら、怪しげな船が幾艘も・・・。もしや、待ち伏せて攻めかからんとしておるのでは?」
憂う日臣の傍で、狭野が唸(うな)る。
「我らを迎え入れるつもりはないということか・・・。」
一人ごちたのち、狭野は傍らの日臣と大久米(おおくめ)に視線を移した。戦支度を調(ととの)えよ、と目が語っている。それを受け、日臣と大久米が静かに頷く。一瞬たりとも遅れてはならないと、武具のあるところまで駆けて行こうとした時、長兄、彦五瀬(ひこいつせ)の声が轟いた。
「はやまるなっ! まだ攻めかかると決まったわけではない。ここはじっと我慢じゃっ。」
長兄の声に歩を止める日臣と大久米。伺いをたてるように、狭野の顔に目をやる。主君が、どのような最終判断を下すか。それで動くか否かが決まる。固唾を呑む二人。
狭野は、長兄を訝(いぶか)しく眺めながら尋ねた。
「長兄、もし敵であったなら如何(いかが)致しまするか?」
この疑問に、次兄の稲飯(いなひ)も同感であったようで、狭野に口添えしてきた。
「狭野の申す通りじゃ。向こうが矢を放ってきてからでは、遅うござりまするぞっ。」
三兄の三毛入野(みけいりの)も続けて私見を述べてきた。
「左様。盾だけでも並べておくが、よろしいかと・・・。」
疑念を口にする弟たちに、彦五瀬は、熱い口調で語り始めた。
「ならば、わしからも問う。あの者らが、我らを迎えに上がりし者たちであったなら、何とするっ。盾を並べ、矢を構え、甲冑に身を固めし我らを見て、如何(いか)に思うであろうか。我らを国、侵(おか)す者と見るのではないか?! そうなっては、本末転倒。愚の骨頂じゃ。こちらから動いてはならぬっ。向こうが動くのを待つべきじゃ。」
彦五瀬の言うことにも一理ある。日臣は感心せざるを得なかった。だが、もし迎え討たんとする者たちであったなら・・・。やはり備えは必要ではないか? 日臣はここで、一つの策を導き出した。
「では、小舟を一艘、先に出させてくださりませっ。」
唐突な日臣の提案に、狭野が困惑気な表情で返す。
「日臣よ。小舟とは一体、如何(いか)なることじゃ?」
彦五瀬も同様に、顔をしかめる。
「小舟で何をしようと申すのじゃ?」
「我(われ)が小舟で、あの者たちに近付き、話かけまする。迎えに上がった者たちなら、寿(ことほ)ぎの口上(こうじょう)を述べられましょう。されど、迎え討たんとする者たちならば、有無を言わさず矢を放って参るはず・・・。その動きを見て、お確かめくだされっ。」
日臣が提案した策に、狭野は必死の形相で反対してきた。
「ならぬっ。相手が邪(よこしま)な者たちであったならば、汝(いまし)の命が危ういことになるではないかっ! そのようなこと、わしは認めぬぞっ。」
「さ・・・されど、皆が矢を受けるより、遥(はる)かに良きことではござりませぬかっ。」
高千穂を旅立ってから、いつでも死ぬ覚悟は出来ている。主君の温かな温情には、感謝してもし切れないが、ここで全滅しては元も子もないのである。それを思えば、この命で、事足りることの、何とありがたいことか。
「我が君が止めようと、それがしは向かいまするぞっ!」
主君にも負けぬ必死の眼(まなこ)を日臣はぶつける。
そのとき、椎根津彦が口を挟んできた。
「海のことは、海の民にお任せくだされ。」
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