第八話 水無き島
狭野尊(さの・のみこと)一行は、一回目の補給をおこなった。「居立(いだち)の神の井」と呼ばれる地で、今の大分県佐伯市米水津(よのうづ)と言われている。食料と水を供給したことから付いた地名であろう。
居立の人々の好意で、食料と水を得た一行は、再び船路を急いだ。大きく突き出た半島を迂回したのである。現在の鶴見半島(つるみはんとう)である。
無事に半島を回り終え、一行は、ある島に辿り着いた。現在の大入島(おおにゅうじま)である。
島に着いた一行は、地元の人々に水と食料の供給を依頼した。強制的な徴発(ちょうはつ)ではなく、物々交換によるものである。だが、島の人々は、これを渋った。
訝(いぶか)しく思った狭野は、島民に尋ねた。
「如何(いかが)致した? この貝輪(かいわ)は上物(じょうもの)じゃ。何の不足があろうか。」
そのとき、島の長老らしき翁(おきな)が答えた。
「貝輪と換えること能(あた)わぬのです。」
「なにゆえじゃ? 我らは水と食べ物を欲しておる。それが出来ぬと言われると、我らも困るのじゃ。」
溜息を吐く翁。狭野は、更に問(と)い質(ただ)した。
「深いわけが有ると見ゆるが・・・如何(いか)に?」
「実は、我が島には、水がないのです。食べ物なら、お分けすること能いまするが、水となりますと、我らの飲む分が無くなってしまうので・・・。」
翁の発した告白に、狭野も、他の者らも驚愕の声を上げた。代表するかのように、日臣(ひのおみ)が喰いつく。
「翁殿。水がない島で、水をどうやって得ておられるのじゃ? 雨水を溜めておられるのか?」
「確かに、雨水も溜めておりまする。それだけでは、日毎(ひごと)の飲み水を充分に蓄えられませぬので、対岸から水を取ってきておりまする。」
漁に出たついでに、対岸の川の水を汲んでくるのだと言う。このような境遇の者たちがいる。初めて知る国外の事情に、高千穂の一行は、驚くほかなかった。
誰もが絶句しているかのように見えたが、一人だけ、声を発した者がいた。長兄(ちょうけい)の彦五瀬命(ひこいつせ・のみこと)である。
「では、水を得られるようにせねばな・・・。」
唐突な長兄の発言に、弟たちや家臣がざわめき立てる。次兄(じけい)の稲飯命(いなひ・のみこと)が、皆に代わって尋ねた。
「長兄。水を得るようにするとは、如何(いか)なることにござりまするか?」
「なに、さほど難しい話をしているわけではない。ただ、この島に、井戸を作らんと言っておるのよ。」
彦五瀬の提案に、狭野も嬉しそうな声で賛同を示した。
「長兄。それは良きお考えじゃ。井戸が出来れば、我らも水を得ること能う!」
一行は、提案に乗り、井戸を作る気満々となっていたが、ここで、島民たちから反対の声が上がった。
「どうせ無理にござりまする。」
「我らも何度も掘りもうした。されど、水が出てくることはなく・・・。」
「どうか、この島のために、骨折り損のようなことは、お止(や)めくださいませっ。」
しかし、狭野は堂々と断った。
「汝(いまし)らだけで掘るのと、我らも加わりて掘るのとでは、人の数もだいぶ違う。また、我らには、水脈を読むこと能う者たちがおる。井戸の絡繰(からく)りを知り尽くした者らもおる。安心致せ。」
島民は狭野の言葉を受け入れ、半信半疑ではあるが、共に井戸の構築を手伝った。まず初めに水脈を読む者たちが、島民の案内で地形を調べ、適当な地を定める。それからは、島民と狭野一行の共同作業で、掘り進んでいった。
するとどうであろうか。予言された通り、掘っていた箇所から水が湧き出したではないか。これを速やかに、石で囲み、井戸として構築していく。
島民たちが予想していたよりも、遥かに短期間で、井戸が出来上がってしまった。この出来事に、島民たちは心から感謝した。そして、狭野一行も、井戸からの水を得て、再び船路を続けることが可能になったのであった。
翌朝、狭野一行は、日も上がらぬうちに、次の地へと向けて旅立った。島民は感謝の印として、松明(たいまつ)を焚(た)いて見送った。船が座礁しないようにするためである。一行は晴れ晴れとした想いで、火を見つめ続けるのであった。
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