4-2

 村では年に四回、祭が開かれる。

 春夏秋冬それぞれの始めに、季節の切り替わりを知るために行われるようになったというが、四季の区別が消えた今の世の中では、単に三ヶ月ごとにやって来る恒例行事と化している。

 古くからの伝統というのではなく、〈かれら〉の来襲で人類が自滅してからできた慣習なので、神に祈りを捧げるといった色合いは薄い。広場で薪を燃やし、みんなで炎を囲んで酒を飲む。そういう宴が主な目的だ。誰も何にも祈らない。祈ったところで、明日の食い扶持が保証されるわけでもない。ならば、たとえ僅かな時間でも酔っ払って全てを忘れてしまおう、ということらしい。

 酒を飲む以外に楽しみらしい楽しみもないので、村の人々は祭に手間を掛ける。その日は全員が配送を休み、朝から場所の準備を始める。料理に至っては、奥さん連中の手によって前の晩から仕込まれる。

 かくいう俺も、祭を楽しみにしている者の一人だ。大勢で同じ火を囲みながら酒を飲むのは、自分が何かと繋がっていると感じられるので嫌いではない。

 もっとも、今回の祭はカナリアがいるという点でいつもとは違う。彼女の存在に注意しながら、具体的にいえば、彼女がシェルターの中から出てきた人間であると知られないよう気を配りながら、酒を飲む必要があった。

 カナリアには再三再四、偽の身の上話を言い聞かせ、人に何か問われた時にも淀みなく答えられるように鍛えた。俺からすれば相変わらず生っ白いが、この一月で彼女はクーリーの配送助手といえる程度にはなっていた。少なくとも、一目で彼女がシェルターから来た人間だと気付かれることはないだろう。

 広場に設えられた焚き火の周りでは、流しの芸人が掻き鳴らすギターの音に合わせ、村人たちが踊っている。見る者は手拍子を取り、節をつけて歌っている者もいる。

「みんな、にぎやか」隣で見ていたカナリアが言う。

「酒が入ってるからな」

「酒?」

「シェルターにはないのか」

 彼女は頷く。

「これを飲むと、陽気になれる。気分がよくなるんだ」

「ハチはなってない」

「なってるさ。今にも踊り出しそうな気分だ」

「本当に」そう言って、カナリアは俺のグラスを覗き込んでくる。

「ダメよ」と、料理と酒瓶を手にしたツバメがやって来る。「カナにお酒は早い。まだ子供なんだから」

「子供は飲んじゃダメ」

「身体によくないの。それより、二人も踊ってきたら?」

 ツバメの言葉に、カナリアが乞うようにこちらを見てくる。

「俺はいい」昔から踊りは苦手だ。「お前、行ってこいよ」

 彼女は不満そうにしながらも、聞こえてくる音色につられたらしく、腰を上げて焚き火の方へ歩いて行く。踊りの輪に加わったカナリアは、特別に目を引くものを残しつつも、村人たちに馴染んでいるように見える。

「あの子」カナリアの方を見ながら、ツバメが言う。「本当にここで暮らしてるんだね」

「そうだな」

「初めは絶対無理だと思ってたけど」

「今だってヒヤヒヤしてる」

「でも、あんなに溶け込んでる。最初からここにいたみたい」

 カナリアは他の村人たちに合わせステップを踏み、鳥のように飛び跳ねる。金色の髪が炎を反射し、煌めいている。まるで光の粒でできたヴェールを被っているみたいだ。彼女は笑いながら、その光の粒をなびかせる。

 曲が終わると、方々から拍手や歓声が上がる。踊り手の何人かが交替する中で、カナリアがこちらへ向かって手招きする。

「ほら」見なかったふりをする俺に、ツバメが言う。「行ってあげなよ」

 輪の中で一際目立つ奴が手を振っているので、自ずと周りの視線も集まってきた。俺はやむなく腰を上げる。茶化すようなヤジを浴びながら、カナリアの傍に行く。

 批難を込めた目を向けると、彼女は笑顔を返してくる。

「俺、お前が思ってる十倍は下手だからな」

「下手でもいい。やるのが大事」

 そう言ってカナリアは俺の手を取る。冷たく細い、滑らかな指で。

 次の曲が始まる。

 案の定、俺の踊りは散々だ。ステップは滅茶苦茶で、何度も転びそうになり、周りの踊り手たちともぶつかる。だがミスをする度、カナリアが俺を支えたり、身体を引き寄せたりするので、踊りを続けることができる。俺の方でも、彼女のフォローを受けるうちに段々とコツを掴み、辿々しくはあるものの、どうにか踊れるようになっていく。

 音楽に身体を預ける気持ちで、ステップを踏む。

 恥ずかしさはいつの間にか消えている。周りを見る余裕もある。

 暗がりで、手拍子をする人々。その中には、ツバメの姿も見える。

 炎の周りではクーリー仲間たちが、自分の妻や意中の相手と踊っている。彼らは普段はしないような顔、目の前のパートナーと向き合っている。

 俺もカナリアを見る。

 数ヶ月前、コンテナに入っていた彼女を。

 荷物として納品されるはずだった彼女を。

 今、ここにいなかったかもしれない彼女を。

 碧の眼が見返してくる。

 彼女の唇が動く。だが、ギターの音が大きくて声は聞き取れない。

 聞き返す前に演奏が終わり、拍手が起こる。

 カナリアの手が離れる。彼女は微笑みを残して、ツバメの方へ戻っていく。俺はその後ろ姿を、しばらく見つめる。

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