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 シェルターの人間は外の空気では生きていけないという話だったが、カナリアは平気なようだ。少なくとも、目に見える形での異変はない。

 病気になるどころか、むしろ食が太くなっているようにさえ見受けられる。その細い身体のどこに入っていくのかと思うほど、彼女は飯を食べる。量でいうと俺とそれほど変わらなかったと思う。美味い美味いと食べるものだから、ツバメも喜び、余計に作っては食べさせる。

「働かざる者食うべからず」ある時、カナリアはそんなことを言い出した。「だからわたしも働く」

「いい心がけだが、何をする気だ?」

「クーリー」

「無理だ」

「無理じゃない。ユニットの操縦はわかる。あとはハチに教わる」

「こないだの〈フナムシ〉の件でそう言ってるんならやめとけ。実際はあれ以上に危険なことは山ほど起こる。〈かれら〉の所への配送だってあるんだぞ?」

「コクピットにいればわからない。最初の時だって気付かれなかった」

 結局、カナリアを届けなかったことに関して〈かれら〉が何らかの動きを見せたという話は聞いていない。封印の復元とリストの改竄でどうにか誤魔化せたらしい。だが、同じ手が何度も通用するとは思わない方が賢明だろう。そんな相手だったら、人類は敗北を喫したりはしないはずだ。

「いいじゃない、やらせてあげれば」言ったのは、台所から戻ってきたツバメだ。「ずっと一緒にいるんだったら、父さんに弟子入りした時と変わらないでしょ?」

「こいつを弟子にするのかよ」

〈弟子〉という言葉に感じるものがあるのか、カナリアは碧の眼を輝かせる。

「こんな生っ白いクーリー、聞いたことない」俺は言う。

 するとツバメが声を立てて笑う。

「何だよ」

「それ、父さんも最初の頃、同じこと言ってた」

 俺は口を尖らせ目を逸らす。逃げた先ではアオジの写真が、小さな写真立てに収まっている。

 彼はこちらに満面の笑みを向けている。


 弟子を取るなんて発想はなかった。

 なんとなく、このまま寿命が尽きるまでクーリーを続け、後には何も残さず死んでいく気がしていた。だから、何から教えていいのかわからない。自分が普段無意識にしていることを人に伝えようとすると、高い崖の下にいるような気分になる。

 一先ずアオジに教わったことを思い出しながら、同じように教えることにする。荷物の扱いや配達の手順など、基本的なことを実地で学ばせる。

 カナリアは飲み込みが早い。知識を蓄えることには慣れていたのかもしれない。ユニットの整備や修理の際には非力さが仇となったが、道具の使い方を工夫することで補っていた。彼女には、俺たちとは違う知恵があった。

 違うといえばもう一つ。カナリアは何かにつけて歌を口ずさんだ。移動中やユニット整備の時など、まるで無音を埋めるように歌っていた。

 歌詞は、やはり俺の知らない言葉だった。だが、その音色には懐かしさが感じられた。

「その歌――」配送の最中、ユニットのコクピットで、俺は歌うカナリアに訊ねる。「シェルターの歌か?」

「そう」彼女は短く答える。

「よく歌ってるよな」

「いちばん好きな歌」

「どういうことを歌ってるんだ?」

 考えるような間があってから、カナリアは答える。

「飛んでいく鳥を見送る歌」

「へえ」俺は言う。「シェルターから外を眺めてる時に考えたのかな」

「たぶん、違う」カナリアが言う。「これは、シェルターから出て行く人を歌ったもの」

「シェルターから、出て行く」言葉を舌の上で転がして、その意味を理解する。シェルターの人間が外へ出ること。それは即ち、〈かれら〉の元へ送られるということだ。

 葬送、という言葉が頭に浮かんで、消える。

「悲しい歌だな」

「そんなことはない。これは、広い世界へ旅立つことを祝福する歌。だからわたしは好き」

「広い世界、か」

 遠くの空に、日の光を受けて輝く円盤が浮かんでいる。

 シェルターから〈納品〉される人間たちが、宇宙の彼方からやって来た〈かれら〉の円盤に乗せられるのだとしたら。

 そこから、どこかへ連れて行かれるのだとしたら。

 それは確かに〈広い世界〉への旅立ちなのかもしれない。

 そんなことを考えながら眺めていると、キラキラと小さな瞬きが円盤から離れるのが見える。小型艇だろうか。〈かれら〉が地上と行き来する姿を目にする機会は滅多にないので、思わず見入ってしまう。小型艇は空を横切り、そのまま雲に隠れる。あちらの方角にはたしか――。

 頭を振り、妙な考えを追い払う。

「なあ」俺はカナリアに言う。「今の歌、もう一回最初からうたってくれよ」

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