4-1
4
シェルターの人間は外の空気では生きていけないという話だったが、カナリアは平気なようだ。少なくとも、目に見える形での異変はない。
病気になるどころか、むしろ食が太くなっているようにさえ見受けられる。その細い身体のどこに入っていくのかと思うほど、彼女は飯を食べる。量でいうと俺とそれほど変わらなかったと思う。美味い美味いと食べるものだから、ツバメも喜び、余計に作っては食べさせる。
「働かざる者食うべからず」ある時、カナリアはそんなことを言い出した。「だからわたしも働く」
「いい心がけだが、何をする気だ?」
「クーリー」
「無理だ」
「無理じゃない。ユニットの操縦はわかる。あとはハチに教わる」
「こないだの〈フナムシ〉の件でそう言ってるんならやめとけ。実際はあれ以上に危険なことは山ほど起こる。〈かれら〉の所への配送だってあるんだぞ?」
「コクピットにいればわからない。最初の時だって気付かれなかった」
結局、カナリアを届けなかったことに関して〈かれら〉が何らかの動きを見せたという話は聞いていない。封印の復元とリストの改竄でどうにか誤魔化せたらしい。だが、同じ手が何度も通用するとは思わない方が賢明だろう。そんな相手だったら、人類は敗北を喫したりはしないはずだ。
「いいじゃない、やらせてあげれば」言ったのは、台所から戻ってきたツバメだ。「ずっと一緒にいるんだったら、父さんに弟子入りした時と変わらないでしょ?」
「こいつを弟子にするのかよ」
〈弟子〉という言葉に感じるものがあるのか、カナリアは碧の眼を輝かせる。
「こんな生っ白いクーリー、聞いたことない」俺は言う。
するとツバメが声を立てて笑う。
「何だよ」
「それ、父さんも最初の頃、同じこと言ってた」
俺は口を尖らせ目を逸らす。逃げた先ではアオジの写真が、小さな写真立てに収まっている。
彼はこちらに満面の笑みを向けている。
弟子を取るなんて発想はなかった。
なんとなく、このまま寿命が尽きるまでクーリーを続け、後には何も残さず死んでいく気がしていた。だから、何から教えていいのかわからない。自分が普段無意識にしていることを人に伝えようとすると、高い崖の下にいるような気分になる。
一先ずアオジに教わったことを思い出しながら、同じように教えることにする。荷物の扱いや配達の手順など、基本的なことを実地で学ばせる。
カナリアは飲み込みが早い。知識を蓄えることには慣れていたのかもしれない。ユニットの整備や修理の際には非力さが仇となったが、道具の使い方を工夫することで補っていた。彼女には、俺たちとは違う知恵があった。
違うといえばもう一つ。カナリアは何かにつけて歌を口ずさんだ。移動中やユニット整備の時など、まるで無音を埋めるように歌っていた。
歌詞は、やはり俺の知らない言葉だった。だが、その音色には懐かしさが感じられた。
「その歌――」配送の最中、ユニットのコクピットで、俺は歌うカナリアに訊ねる。「シェルターの歌か?」
「そう」彼女は短く答える。
「よく歌ってるよな」
「いちばん好きな歌」
「どういうことを歌ってるんだ?」
考えるような間があってから、カナリアは答える。
「飛んでいく鳥を見送る歌」
「へえ」俺は言う。「シェルターから外を眺めてる時に考えたのかな」
「たぶん、違う」カナリアが言う。「これは、シェルターから出て行く人を歌ったもの」
「シェルターから、出て行く」言葉を舌の上で転がして、その意味を理解する。シェルターの人間が外へ出ること。それは即ち、〈かれら〉の元へ送られるということだ。
葬送、という言葉が頭に浮かんで、消える。
「悲しい歌だな」
「そんなことはない。これは、広い世界へ旅立つことを祝福する歌。だからわたしは好き」
「広い世界、か」
遠くの空に、日の光を受けて輝く円盤が浮かんでいる。
シェルターから〈納品〉される人間たちが、宇宙の彼方からやって来た〈かれら〉の円盤に乗せられるのだとしたら。
そこから、どこかへ連れて行かれるのだとしたら。
それは確かに〈広い世界〉への旅立ちなのかもしれない。
そんなことを考えながら眺めていると、キラキラと小さな瞬きが円盤から離れるのが見える。小型艇だろうか。〈かれら〉が地上と行き来する姿を目にする機会は滅多にないので、思わず見入ってしまう。小型艇は空を横切り、そのまま雲に隠れる。あちらの方角にはたしか――。
頭を振り、妙な考えを追い払う。
「なあ」俺はカナリアに言う。「今の歌、もう一回最初からうたってくれよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます