2-4

 村の外れにユニットを停める。日も沈み、辺りに人影はなく、上手く闇に紛れれば誰にも気付かれずに家へ辿り着ける。

 村の人々は排他的というわけではなく、余所者に対してもそれなりの歓待をするぐらいの人情は持っている(でなければ俺だって今ここにいない)。しかし、今日の〈お客〉はいつも村に立ち寄る流しや遠距離のクーリーとはわけが違う。

 本来なら、ツバメを巻き込みたくもない。かといって、俺一人でできることにも限界がある。野良の動物を拾ったのとはわけが違うのだ。

 ツバメを説得する方法については、道中色々考えた。その結果、正攻法でいくことに決めた。昔から彼女には不思議とどんな隠し事をしても見破られてきた。そして大抵は隠したことの方を叱られた。下手な嘘や誤魔化しは却って逆効果を生む。正直に成り行きを話せば、彼女もわかってくれるに違いない――そういう結論に達した。

「絶対にダメ」

 結果がこれである。

「一体なに考えてるの? 〈かれら〉を怒らせたいの?」

「事故なんだよ、これは。わざとじゃない」久しぶりに見るツバメの〈本気怒り〉に気圧されながらも、俺は事の顛末を正直かつ詳細に話す。俺には何の落ち度もないことをいくらか強めにして。

「コンテナの封印はどうしたの?」台所の暗がりでもわかる蒼い顔で、ツバメが言う。

「補修材を駆使して直した」

「リストは? 荷物の個数が違うじゃない」

「配送情報を書き換えた」これも村の奴らから教わった方法だ。こういう悪知恵は大体、村のクーリーが教えてくれる。

 ツバメは両手で顔を覆う。

「父さんが生きてたら何て言うか……」

「親父の教えに背いたのは本当に悪かったと思ってる。けど、あの子は人間なんだぜ? 起きて、動いて、喋ってる。それをモノとして箱に詰めて、わけのわからない異星人に渡せるか?」

「それは、そうだけど」ツバメは居間の方へ目を向ける。

 引き戸の隙間から見える橙色の光りの中では、〈元・荷物〉の金髪少女が物珍しげに辺りを見回している。

「あの子、シェルターの住人なんだよね?」

「まあ、そうだろうな」

「聞いたことがあるんだけど」と、ツバメはさらに声のトーンを落とす。「シェルターの人間は、外の汚れた空気ではそう長くは生きられないんだって。持って半年、短いと数週間で病気になって死ぬって」

 俺だってその話を知らなかったわけではない。外に生きる人間は汚染された空気に耐性を持っているが、シェルターの浄化された空気で育った人間にはそれがない。彼らが頑なに俺たちクーリーをシェルター内に入れたがらない理由はそこにある。彼らからしたら、俺たちが生きる場所は、息もできないような不浄の地なのだ。

「〈かれら〉の元に行った方が、苦しまずに最期を迎えることができるかもしれないのに」ツバメは言う。

「そうは限らないだろ。少なくとも、彼女はそうじゃないと判断したんだ」

「もし発覚したら、村が焼かれるかもしれない」

「そうなる前に何とかするよ」

「何とかって?」

「まあ、色々……」つい目を逸らしてしまう。

 ツバメは大きく溜息をつく。

「親父が俺を拾ってきたのと同じだと思ってさ。そこも師匠譲りってことで」

「父さんを便利に使わないで」

 彼女は俺に恨めしげな眼を向けてから、居間へ入っていく。俺も続く。小さな卓袱台を三人で囲む形となる。

「話は聞いたわ」ツバメが少女に言う。「あなたはシェルターの中から来た」

 少女は頷く。

「本当なら、ここにいるべき人間じゃない」

 少女はまた頷く。

「それでも、ここにいたい?」

 少女は動かない。碧色の眼差しで、ツバメを見つめているだけだ。

 居間に沈黙が降りてくる。

 電圧の安定しない電灯が、二度ほど瞬く。

 ぐうぅ、と唸りのような音がする。腹の虫のようだが俺ではない。ツバメでもなさそうだ。俺たちの視線は自然と、少女の方へ集まる。

 彼女は肩を窄めて俯く。初めてその顔に、感情らしいものが浮かんでいるのを俺は見る。

 横でツバメが小さく息をつく。

「ご飯にしようか」彼女の声は、普段の柔らかさを取り戻している。

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