2-3

 預かった荷物の中身には手を付けてはいけない。

 そういった教えは、アオジからは受けていない。わざわざ明文化するまでもなく、人として犯してはならない禁だからだ。

 その禁を、俺は犯してしまった。

 これは不可抗力だ、という弁明が〈かれら〉に通用するかはわからない。人間同士で送られる荷物以上に、〈かれら〉に対するものは神聖不可侵だ。理由はどうあれ、開けたことが知れたら恐らくは、アオジのように自分の布団で最期を迎えるのは不可能だろう。

 俺がすべきことはただ一つ。封印を元通りに戻すこと。選択肢があるとすれば、中身をどうするか、だ。

 コンテナの中には、彼女が入っていたものを合わせ、四つの棺が入っている。他の三人(いずれも中高年の男女だ)はしっかりと眠り、起きる気配はない。このまま二度と起きないのかもしれないが。

 俺はコンテナの蓋を閉め、地面に降りる。近くの岩に腰掛け、相変わらず空を見上げている少女に訊ねる。

「もう一度、あの中に戻る気はないか?」

「ない」彼女は言う。「わたしは外で生きていく」

「まさか、シェルターから出るために、わざと荷物に紛れたのか?」

 彼女は答えない。限りなく肯定に近い無言。

「どうして」俺は言う。「シェルターの中なら不自由なく暮らせただろうに」

「あそこには空がない」少女は言った。その視線の先では鳥が二羽、旋回している。「鳥が、自由に飛ぶことができない」

 そんな理由で、と言い掛けて言葉を呑む。彼女の横顔を見たら否定する気持ちが消えたのだ。

 彼女は空を、ただ眺めているのではない。そこにある〈何か〉を見据えている。それが何であるのか、わかる気がする。


〈かれら〉への納品もまた、機械を介して行われる。相手がどんな姿をしているのか、ヒトの形をしているのか、それともタコなのか、確かめる術はない。大昔、彼らとの戦争が始まる前と終わった直後には一部の権力者が対面したらしいが、今はその情報も残っていない。

 少なくとも、コミュニケーションにはこちらの言語が用いられる。そのせいでクーリーの中には〈かれら〉が実は俺たちと同じ人間なのではないかと勘ぐってる者もいるが、大半の人々はもう興味を抱いていない。相手がタコだろうがセミの化け物だろうが、こちらの労働に対し相応の報酬を払ってくれるのなら、姿形は元より、地球人類に対しどんな感情を持っていようがどうでもいいのだ。

 港に着き、ユニットを所定の位置で停止させる。便宜的に〈港〉とは言っているが、大昔の海に面した流通拠点とは、ここは違う。まず海に面していない。〈かれら〉という異界の住人との交易地という意味で〈港〉の名が与えられているだけだ。実際は原野を押し固めて作られた平地である。そこに建物が点在していて、各地から運ばれてくる荷物を受け取っている。

 港は常に影の中にある。頭上に〈かれら〉の巨大な円盤が音もなく浮かんでいるからだ。上空数百メートルに浮かぶ直径十キロメートルの傘が作り出す、広大な影。その中に入ると、彼我の圧倒的な力の差を思い知らされる。

 納品所への入場許可が下りる。ユニットを前進させ、建物内へ入る。ここでもシェルター同様、俺がすべきは静かにしていることだけだ。まず、コンテナの内容物に対するスキャニングが行われる。緑色の光線が、ユニットの背中に積まれた荷物を舐め終えるまで大人しく待つ。ただ、今日はいつもとは心持ちが違う。俺は何かに祈るように両手を組み合わせ、全てが何事もなく済むのを待っている。人生で数少ない〈神頼み〉というやつをする。

 バレたらただでは済まないだろう。どういう方法でかは知らないが、確実に殺されるはずだ。

 もう二度と家に帰ることもなくなる。ツバメは夕飯を作って待っているだろう。今日の献立は何だろうか――。

 居間にぶら下がった橙色の電灯を思い浮かべていたら光線が止んだ。無線から作り物の声が言う。

『納品物を確認しました。コンテナを切り離してください』

 モニタ横のスイッチを下げる。頭上で、コンテナが機体から離れていく音がする。

『指定端末に報酬を送金します』

 無線機の横にぶら下げていた端末をスワイプすると、確かに報酬が振り込まれている。

『ご苦労様でした。速やかに退場ください』

 それきり、無線は切れる。俺は息を呑んでから、ユニットを発進させる。心臓が耳のすぐ近くで鳴っている。まだ気を抜いてはいけないと、もう一人の俺が言う。

 港を出て、円盤の浮かぶ姿を眺められる距離に来るまで、碌に呼吸をしなかったらしい。一息付けるようになった時、俺は水の底から上がってきたように空気を必要としていた。

「うまくいった」シートの影から、荷物の中身がひょっこり顔を出す。

「うまくいってなかったら死んでる」俺は喘ぐように言う。ポケットを探ったが、煙草は一本も残っていない。

 難題は、まだ残っている。

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