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 火葬と散骨が終わると、それでアオジの死に関する儀式は完了となる。今や彼が存在したという証拠は、僅かな遺品と遺された者の記憶のみである。

 ツバメと向かい合って軽い昼食を済ませ、俺は仕事へ出る。ユニットの操縦席で無線のスイッチを入れると、タイミングよく近くのシェルターからの配送依頼を受信する。応答のサインを送り、ユニットの鼻先を目的地へと向ける。

 村からシェルターまでには〈道〉と呼べるような文明的なものは存在しない。地面はヒビ割れ、隆起や陥没を至るところで繰り返している。蜘蛛を模した六本脚の多脚駆動重機(ユニツト)でなければ、まず進むことは不可能だ。大昔、〈かれら〉との戦争の際には背中に武器を載せて戦っていた蜘蛛たちが、今は人々の生活物資を背負って運んでいる。戦争の際には文字通り虫けらのようにあしらわれたこれらの機械に、人間たちはどうにか生かされている。

 人工筋の伸縮する音と、シャフトの駆動音のみが操縦席を満たす。他に音はいらない。無線も、移動中は基本オフにしている。単調な音の繰り返しに耳を澄ませる。好き嫌いなど関係なく、ただアオジから受け継いだ習慣として、そうする。

 アオジは水と食糧さえあれば充分な人だった。それも、ツバメと俺の分さえ足りていれば、自分の分は求めなかった。酒がないと文句を言ったこともなかった。煙草だって、なければないで平気そうだった。「とりあえず生きられればいいんだ」彼はよくそう言った。「命さえあれば、あとはどうにかなる」。

 煙草を吸いたくなるが、一先ず集荷が先だ。他の奴に仕事を奪われかねない。メイン・モニタの中で半球型のガラスが光っている。目指すシェルターだ。

 相手方の通信圏内に入る前に、再び無線のスイッチを入れる。用件を訊かれた時、答えられないと攻撃を受けかねない。彼らは外の人間に容赦しない。彼らにとって俺たちは、空に浮かぶ〈かれら〉と同じに見えているのかもしれない。

 スピーカーからホワイトノイズが聞こえ始める。やがて不鮮明な抑揚となり、言葉の輪郭を帯びてくる。

『――繰り返す。旧99号線付近を走行中のユニットへ告ぐ。接近目的を答えよ。返答のない場合、警告射撃を開始する』

「配送依頼D2556の件で集荷に来ました」俺は無線に答える。

『了解。照合する』相手がしばらく無線からいなくなる。『――照合確認。受諾パスワードを述べよ』

「〈白鳥の湖〉」

『確認完了。搬入口への誘導を開始する。尚、誘導に従わない行動が見られた場合は即座に撃破する。注意されたし』

「了解」言ってから、小さく溜息をつく。その音を拾えるほど、こちらのマイクは高性能ではない。

 無線での誘導に従って、シェルターの一画に設えられた搬入口へ機体を付ける。シェルター自体は半球形で、地面との接地部分は高さ五十メートルほどの壁となっている。それが真円のシェルターを囲う形で、どこまでも続いている。搬入口は何カ所かあるが、それ以外に出入り口のようなものは見当たらない。人間が出入りすることは考えられていないようだ。

 搬入口にしたって、荷物の受け取りや引き渡しは完全に自動化されていて、俺たちクーリーが中の人間と顔を合わせることはない。彼らは頑として、外の空気を吸わないようにしているらしい。本当なら、外気に晒された荷物だってシェルターの中に入れたくないのかもしれない。

 ここで俺がすべきことはただ一つ、待つことだ。クーリーはユニットから降りることは許されていない。うっかりハッチから顔を出した奴が銃撃されたという話も聞いたことがある。ユニットの上部にコンテナを載せられるまでじっと待つ。次に能動的に何かできるのは、相手の許可が出てからだ。

 クレーンのモーター音と思しきものが近付いてきて、機体全体が緩やかに揺れる。蜘蛛の背中に箱が載っている様を、俺は想像する。

『コンテナ設置。固定せよ』

「了解」モニタ横のスイッチを上げる。頭上で鉄の閂が掛かるような音がする。「固定確認」

『配送先はE51番港』

「港?」思わず声が出た。港ということは〈かれら〉宛の荷物だ。すると中身は――。

『内容物は〈生もの〉。早急な配達を要望する』

「……了解」

 一度受けた配送を拒否する権利は、俺たちにはない。また、万が一失敗した場合は信用を失い、二度と仕事が得られなくなる。脚が折れようが腕を失おうが、何が何でも荷物を届ける。失敗は命を落とすのと同じこと。それがクーリーというものだ。だから、たとえ気が乗らない仕事でも、引き受ける他に道はない。

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