剛覇と12代目は北側のすべての土地を回るのが、始めから無理だと分かっていた。

 南側、北側と言っても、それは封凛華山を境に分けているだけで、その領土は等しくはない。

 北側は、南側の4倍、つまり、国土全体の5分の4を占めていた。

 南側(因果応峰を除く)を回り終えるのに、12代目は5年かかっている。

 単純計算で、北側を回り終えるには、その4倍の20年はかかる。

 さらに北側は、南側に比べて山が多いため、移動にはさらに時間を要した。

 だから12代目の残りの命、半年ですべてを回るのは、どう考えても不可能なことだった。

 でも、剛覇も12代目もそれを口には出さず、2人ですべての土地を見て回ろうと、そう約束していた。

 それから1年後、12代目は医者から宣告されていた倍の時間を生きると、息を引き取った。

 旅先で看てもらった医者は、北側の気候が12代目の体に合っていたからという判断を下していた。

 しかしそれよりも、剛覇の笑顔が12代目にとって何よりの薬で、唯一の特効薬だったから――という理由にしておく方が、ずっとロマンチックだろう。

 死の間際、12代目は言った。


「剛覇。君に教えた『折断糸せつだんし』は生かす技術だ。

 君が初めて会ったとき、僕にそうしてくれたように――人を救う技だ。

 君がこの1年の旅の間、僕にそうしてくれたように――人を癒す術だ。

 でも……それを生かすも殺すも、生かすに使うも殺すに使うも剛覇次第。

 忘れないで。僕のことは忘れてくれたって構わないから、この言葉だけは忘れないで……」

「12代目……わたしは……」


 うるんだ瞳で呼びかける剛覇に、12代目は笑って言った。


「駄目だよ。そんな顔しちゃ。剛覇は笑ってた方がずっと可愛いんだから……」


 剛覇は涙をぬぐうが、いくらぬぐってもそれは止まらなかった。

 それでも、剛覇はなんとか笑った。


「12代目こそ、何よその涙? わたしは知ってるから。12代目も、笑顔が一番素敵だってこと」


 2人は互いの笑顔を確認し合って、


「可愛いよ」「素敵よ」


 と言った。

 最後に、剛覇は自分の唇を、12代目の唇にそっと重ねた……。


 12代目が死んではもう旅をする意味もなく、剛覇は城へと戻った。

 そして……城へ戻った剛覇の中には、1つの命が宿っていた。


            ◆


「やれやれじゃ」


 依然、雨は強く降りしきっているが、生い茂る木々のためにそれはほとんど気にならなかった。


「やっぱり6年前とは変わっておるか。そもそも、どのあたりにあるか正確に覚えてもないからのう」


 封凛華山に入った剛覇は、12代目と初めて会った場所を探していたが、見つけることはできなかった。

 同族になったからというのは名目で、城を出たかったというのも名目で、本当は剛覇はもう1度あの場所に来たかっただけなのかもしれない。

 あの場所が剛覇の居たい場所で、行きたい場所で、生きたい場所だった。

 北側へ行くのも、12代目との約束を果たすため。まだ回っていない土地を回りたかったから……。


「やれやれじゃ」


 と、剛覇はもう1度言った。


 ――こんなに公私混同するなんて、儂は姫としては最悪じゃな。

 もっとも……女としても最悪かもしれんが。


 あのとき言えなかった言葉を、そっと口にする。


「12代目……儂は……」


 そのとき、鳴り響く轟音と叫び声が剛覇の言葉をかき消した!!


「た、助けてくれえ――――!!」


 それを聞き、剛覇は音のした方へと駆け出した!

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