あれから1日経ち、2日経ち、3日経っても花鳥が戻らないのを受けて、万象は途方に暮れていた。

 これ以上待っても無駄。

 花鳥も羅殺も、ここには来ないことを悟った。

 それはなぜか? 万象は考える。他にすることもなく、理由を考える。


 ――あの男、花鳥の再生力には実は限界があった。

 もしくは、不死身に見えて体のどこかに核があり、結果南狼に殺された。


 1つの可能性を思い付く。しかし、すぐに否定する。


 ――セルじゃないんだから、それはねえか。

 それなら、死んでないにしても、体がボロボロで、動きがのろのろになり、結果まだ来れない。


 また1つの可能性を思い付く。しかし、すぐに否定する。


 ――それも……やっぱりねえよな。

 もう3日も経っているんだし。

 じゃあ、羅殺を探しあぐねているのか?


 もう1つの可能性を思い付く。しかし、しばらく黙考してから否定する。


 ――違うったら違うか。

 理屈でもなんでもなく、それは違う。とにかく違う。

 なら、見つけたものの、羅殺に殺された。

 花鳥の懸念通り、『魔の申し子』である羅殺は、『神の申し子』を殺せた。


 さらに1つの可能性を思い付く。しかし、声に出して否定する。


「そうでもねえ。花鳥は俺を裏切った。俺を見捨てたんだ」


 最後に1つの可能性を思い付く。そして、それを否定はしない。できない。

 ふう、と息をつく。

 花鳥に裏切られたことに対し、いきどおることはなかった。

 元々、半ば半信半疑、いや、零信十疑だった。信が零で疑が十。


 ――俺はあの男に頼った。あの男に頼んだ。

 だが、信じてはいなかった。疑いしか持っていなかった。


 それだから、裏切られても何とも思わない。

 信じてもない人間に裏切られても、痛くも何ともない。

 信頼は、大きければ大きいほどに、裏切られたときに自分の身を斬る諸刃もろはの剣だ。

 その信頼が0だったのだから、攻撃力は0だ。


 ――独力で因果応峰を越えるのは無理だ。俺は人間だから。

 今だって、南狼は山の中から俺を睨んでいる。


 そのこと自体は、最初は戦慄せんりつしたものだが、今ではすっかり慣れていた。

 どれだけ睨んで来ようと、向こうはこちらに来れないことが分かっているのだ。

 動物園の檻にいる猛獣と同じ。そこから出られないとなれば、怖くない。

 突如、万象の体はぐらりと傾き、前のめりに倒れ込んだ。

 もしもその頭が、少しでも因果応峰の中に入っていれば終わりだったが、幸いそこまでは届かない。

 だが、万象は全く動かない。動けない。

 限界が来たのだ。それもそうだろう。

 むしろ、遅すぎるくらいだった。

 輝々 怪々、行雲 龍炎、悪鬼 羅殺、花鳥 風月。

 彼らと休むことなく対立し、渡り合い続け、それから3日3晩、もの食わず寝てもいない。

 当然、肉体面での負荷も相当に大きいが、それ以上に、精神面は疲弊ひへいしていた。

 怪々にやっと話を聞いてもらうまでの苦悩。

 長年の付き合いのあった龍炎との喧嘩別れ。

 因果応峰に来るまでの恐怖と得体の知れない球が入った我が身への不安。

 羅殺との九死に一生を得るせめぎ合い。

 延々繰り返される花鳥の生と死の循環する光景。

 そして……3日3晩、祖国に帰れぬ絶望と見知らぬ国に取り残された孤独。

 ほんの数日、ただの1週間の間に、万象の精神はむしばまれ続けたのだ。

 なぜこうなったのか? 誰を恨めばいいのか?

 万象は朦朧もうろうとした意識の中で考えた。


 ――花鳥? 違う。あいつを信じていなかった俺が悪い。

 羅殺? 違う。連れてきてくれるように頼んだ俺が悪い。

 龍炎? 龍炎か……あいつのせいか。

 あいつの口車に乗らなけりゃ、こんなことには……。


 それは単なる逆恨みだ。しかし、今の万象にはそんなことは分からない。

 心の中には、龍炎への恨みだけが、幾重にも幾重にも重なり積もって行く。


「許さ……ねえ。俺は絶対、あいつを許さねえ」


 ――いつか必ず復讐してやる!!

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