万象と別れた花鳥は、命からがら、いや、もう何度も死んでいる以上、命ボロボロと言うべきか?

 ともかく、何とか因果応峰を越えて、こちらの国へと入る。

 南狼たちから解放された花鳥は、万象と話していたときの笑顔など微塵みじんも残っていない、憤怒ふんぬの表情となる。

 そして口汚く、万象をののしり始めた。


「くそがっ!! 何で俺がこんな目に遭わねえといけねえんだよ!? ったく、全部万象の馬鹿のせえだ!!」


 花鳥は戻る途中、とうとう両足も南狼に喰われてしまった。

 そうなると、もう匍匐ほふく前進で進むしかなく、最後には両腕も喰われたので、上手いこと体を転がして進んだのだった。

 それでも、体幹はほとんど原型を保っていないため、丸1日使って山を下りた。

 そうして山から出たときに、ようやく手足の再生は終わっていた。

 『神の申し子』は不死身で、同時に体に傷を残すことはない。

 全てが再生するが、その再生力は傷の程度に応じて変化する。 

 先程のように、頭や首が千切れたり、あるいは心臓を貫かれた場合、その傷は一瞬で回復する。

 しかし、手足の切断となると、24時間程度。さらに、もっと軽傷なら人よりは多少早いくらいである。

 花鳥は、再生したばかりの手足を使って立ち上がりつつ、今度は神へ対して侮蔑ぶべつする。


「神の野郎も馬鹿だ! こんな中途半端に人間なんぞに近付けやがって!! せめて、俺にアイラくれえの力があれば、あの狼共はそもそも襲っても来ねえんだろうがな」


 アイラの力への憧れをつい口に出してしまったことに気付いて、花鳥はつくろうように言う。

 その場には誰もいないというのに……。

 しかしもし、アイラが千里眼でここを見ていることを考えると、花鳥は言わずにはいられない。


「そうだ。所詮はこの世界では力が全て。生まれながらに才のある奴らに、俺みてえな凡人は敵わねえ。アイラや、あるいは羅殺みてえな奴らは、俺なんかとは格が違え。だったら奪うまでだ! 奴らの持っている才を!! 力を!! 俺がすべて……すべて奪いつくしてやる!!」


 花鳥は1人、言いながら思いが募っていく。あのときの思いが……。

 そのまま誰もいないのに、いつまでも呟き続ける。


「まず差し当たって万象。あいつはもう放っとくしかねえか。できれば何とか利用したいが、羅殺とは間接的にも接触すべきじゃねえ。万が一にも、死んだらシャレにならねえしな」


 1つ1つ整理し、これからの計画を練る花鳥。


「万象はあの国じゃ力は使えねえし、死なねえにしても、これで盤の外だ。同族共に俺好みの世界を創らせて、神とアイラの悔しむ顔を見る気だったが、これでもまあ、悪かねえ」


 万象がこちらの国に入れない以上、同族がそろうことはない。

 奇しくも、神は自ら創った因果応峰によって、自らの願いを絶たれていた。

 花鳥は次に、残された同族とアイラ、そして唯の代理監督者について考える。


 ――となると、残りの同族と監督者か。

 同族は万象と羅殺以外はまだ分からねえ。

 万象のセリフによれば、残り3人のうち2人は、行雲 龍炎と師々 孫々か? 

 もう1人については名前……どころか、すでに同族なのか、まだ球のままなのかも分からないときてる。

 ったく! アイラの奴は、千里眼ですでに全員把握してるはずだってのに。

 どうあっても、あいつには一歩先に行かれちまう。

 アイラに先に接触されちまえば、同族はアイラの側に付くだろう。

 あの人たらし女の手にかかれば、そんなのは簡単のはずだ。

 それから、唯もまだ目覚めねえままだろうしな。

 1000年分の記憶と年齢を奪ったんだから、間違いねえ。最低でも10年以上は気絶してるはずだ。

 そうなると、代理監督者が遣わされるはずだが……。しかし代理監督者についちゃあ、さらに謎だ。

 どんな存在なのか、『神の申し子』なのかどうかも。まさかアイラ以上ってことはねえだろうが……。

 しかしそれに関しちゃ、遣わされるときに神の啓示があるはず。神の奴は人の願いなど聞かねえくせに、命令ばかりしやがるからな。

 唯の代理? ふざけんじゃねえ、認めるかよそんなもん!! 

 唯の代わりなんてどこにもいねえ! どんな奴だったところで、たとえ人間でも、どんな手を使ってもぶち殺してやる!!


「何にしろ俺の使える駒を増やさねえとな。フフフフ。いいこと思い付いたぜ。こいつらの出番だ」


 花鳥は因果応峰に入る前に、入り口に残してきていた武器を手に取る。

 2つの武器。太陽と月。

 アイラから奪った陽刀ようとう太天たいてん』と唯から奪った陰刀いんとう月地つきち』。


「ここは神の愛する国だ。さぞかし宗教も広まるだろう。馬鹿な信者共を増やせば、それで一軍が出来上がる」


 それから振り返って、花鳥は因果応峰を見る。

 山が透けて見えるはずも、一山向こうの万象に声が聞こえるはずもないだろうに。

 花鳥は万象に対して告げる。


「お前の名前を利用させてもらうことにするぜ。初めて因果応峰を越えた世紀の英雄、神羅 万象さんよお。それにこの名前を使ってれば、龍炎とか孫々とかいう奴らも接触してくるかもしれねえからな」


 それから、当たり前だが何の未練もなく因果応峰を後にする花鳥。


「こっから俺……おっと、いけないけない。フフフフフ。ここから、私のターンの始まりです」


 向かうは北。

 そこから一番近くの村、どころか、最も近い建物に、師々 孫々がいることなどつゆ知らず。

 不敵な笑みを携えて……。

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