弐
花鳥の話を聞き終えた万象。
目の前にこれだけのものを見せられ続けていれば、否が応にも、その話を信じる。
どれだけ脳が拒否しても、力づくで納得させられる。
「俺がもう……こちらの国には戻れなねえ……だと?」
「ええ。そして、あなたがあちらの国に踏み入れた理由。私の推測ですが、人探し……と言っていたあれでしょう? あちらの国にその探している人がいるかもしれない……とか、そんなことを考えていたのでは?」
「…………………」
万象は何も言わない。
しかしその顔を見て、自分の推測が当たっていることを花鳥は確信する。
「でしたらさっき言った通り、この山に入った時点で死んでますよ。まあ、あなたが探しているのが人間ではなく、第2の『魔の申し子』とかなら話は別ですが」
「あの人たちは……人間だ。紛れもない、人間……」
――そして、俺も人間だ。
『魔の申し子』——悪鬼 羅殺。『神の申し子』——花鳥 風月。
こいつらと俺は違う。神の力だか同族だか知らないが……俺は人間、だ。
繰り返し繰り返し、自分は人間だと心で唱え続ける万象。
そうでもしないと、精神を持ち崩してしまいそうだった。
現状、万象は最悪の状況である。
南狼がいる限り、こちらの国に帰ることはできない。
そして、もはやあちらの国に来た意味もなくしてしまっていた。
目的もなく、知らない国で1人ぼっちになったのだ。
万象にとっては、目の前の男が唯一の頼みの綱だった。
今このときを逃せば、本当に帰れなくなってしまう。
だから、万象は頼った。花鳥 風月にすべてを頼るしかなかった。
それが、この世で最も頼ってはいけないものだとも知らずに……。
「助けてくれ。頼む、俺を助けてくれ」
そう言った。
花鳥は薄気味悪く、笑う。
「いいですよ。私としても、同族であるあなたに死んでもらっては困りますからね」
「じゃ、じゃあ……」
「ただし今すぐは無理です。私があなたを
「だったらどうすりゃいいんってんだ!? もったいぶってねえでさっさと話せ!!」
万象の悪い癖が出て、大声でいきり立つ。
もしもこれで相手の機嫌を損ねたら、どうなるかを考えもせずに。
だが幸いにも、花鳥の様子に変化はなかった。不気味なほどに変化はない。
「落ち着いてください。この山を越えるには羅殺さんの力が必要です。ですから、私がこれから呼んできてあげますよ。そして、彼と一緒に帰ってくればいい」
「そ、それじゃあその間、俺はここで1人でいろって言うのか!?」
「羅殺さんが山を下りたのは今さっきです。そんなに時間はかかりませんよ」
仕方なく、万象は承諾する。
「分かった。それなら、できるだけ早く頼む」
「ええ。私もこんな……」
そのとき、南狼の牙が花鳥の首を掻っ切った。
首はボロッと取れて、地面に転がる。
そのまま生首は万象を見たまま、
「……ところからは……」
と言うと、跡形もなく消滅する。
そしていつの間にか首は再生していた。
再生したばかりの口で、消滅した生首の言葉を引き継ぐ。
「……早く退散したいですからね。フフフフフフ」
万象の体中を、何とも言えない感覚が走る。
『百村殺し』・『南の魔物』・『魔の申し子』あるいは『魔神の申し子』——悪鬼羅殺。
あの男は異常だった。
だが、今目の前で死んでは生き返り、消滅しては再生している男もまた、異常だった。
『神の申し子』・監督者——花鳥風月。
羅殺の異常さ。
その異常さは身体的強度、物理面においての異常だ。
一方の花鳥の異常さ。
その異常さは精神的強度、心理面においての異常だ。
もちらん、羅殺の精神が正常であるとは決して言えないが、それでも、花鳥は
いくら生き返るからとはいえ、いくら再生するからとはいえ、平然と死と消滅を受け入れる。
――いや、生まれたときからそういう存在だったんてんなら、こいつにとってはそれが普通なのか?
さっき話に出てきた、唯とかアイラとかいう『神の申し子』も、こんなイカレた奴らなのか?
だとすりゃあ、二度と会いたくない。『神の申し子』とは……。
自分が助かりたいから以上に、花鳥を見たくないという思いから、万象は叫んだ。
「早く! 早く早く早く早く、早く行ってくれ!!」
「それでは、また会いましょう」
真っ赤に染まった白い男は、やはり南狼に喰われながら、山の奥へと消えて行った。
万象は全身の力が抜け、その場にずるずると崩れ落ちる。
――とにかく、我慢だ。辛抱だ。
信じるしかねえんだ、あの男が羅殺を連れてくることを。
もっともあの男同様に羅殺にもあまり会いたくはねえが、この際
万象はその場で待ち続けた。
しかしいつまで経っても、神も魔も現れることはなかった……。
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