神羅 万象 対 花鳥 風月

 立て続け。本当に立て続けである。

 神羅 万象が輝々 怪々を訪ね、師々 孫々の道場に戻った晩。

 その晩のうちに行雲 龍炎との喧嘩別れ。未明に道場を出発した。

 それから1日歩き続け、次の日の夕方、因果応峰での悪鬼 羅殺との戦い。

 それを終えた万象、終えたばかりの万象に、またしても危難が訪れる。

 本当に過酷過ぎる殺人スケジュールと言ってもいい。

 それも輝々 怪々、行雲 龍炎、悪鬼 羅殺と、一癖も二癖もある人間を相手にしているのである。

 しかもその末に現れた最後の人物こそ、最も癖のある男だった。

 よりにもよって……と言いたくなるような、そんな男。


「初めまして。私は花鳥はなどり 風月かぜつきと言います。まあ、好きに呼んでください」


 男、花鳥 風月はそう名乗った。

 羅殺に因果応峰の出口まで連れてきてもらい、見知らぬ国に足を踏み入れた万象は、さてこれからどうしようと、前途多難の自分の身を案じていた。

 そんなときに、突然後ろから声をかけられたのだ。

 万象は前を、これから進む先のことのみを考えていたので、すでに終えた、攻略済みの因果応峰に対して何の意識も向けていなかった。

 だから万象は声をかけられたことに驚き、同時になぜこの山に羅殺以外の人間がいるのか疑問を感じながら、振り返る――すると!


 赤。朱。紅。緋。


 その男は赤く、朱く、紅く、緋かった。

 いや、わずかにのぞける髪や服の元の色合いからすると、白い男とそう表現できる。

 常に黒い法衣をまとっている自分とは対照的に、白い男だ……と。

 こんな場合でもなければそう思ったはずだ。

 こんな場合――そう。無数の狼に体中を食い千切られていなければ!!

 男の足やら腕やら、すべてがぎりぎり繋がっているかのように肉が千切られている。

 さらには、男の首には今もって1匹の狼がかぶりつき、牙が貫通して穴が開いていた。

 どこもかしこも、真っ赤っか。

 この間出会った輝々 怪々を彷彿ほうふつとさせる、いや、怪々以上の出血量。

 だが、男の表情は自身の体の損傷など、何事でもないかのように涼やかだった。


「……――うっ!」


 次の瞬間、万象は吐いた。胃の中の物をすべて吐き出す。

 ぐらぐらする頭の中で、なぜこの山の中に羅殺以外の人間が?――という疑問が解ける。

 この男が、人間ではないからだ。間違いなく、『何か』である。

 『何か』は分からないが、それは羅殺と同じく、人間よりも上の存在。

 生物としての格が違う。決して届かない領域にいる『何か』だ。

 万象はなんとか落ち着くと、いや、落ち着くことなどこの先の人生ずっとなさそうなくらいの精神状態だったが、ともかく、男に対して声を発せるほどには回復する。

 男は万象が吐いている間も、そして今も狼に喰われ続け、確実に体の肉が減っていた。


「お……お前は何なんだ? いったい、何だ? オマエハナンダ?」


 すると、狼の内の1匹が飛び上がって、男の頭部を喰らった。

 男は一気に身長が低くなると、そこからは脳やら目玉やらがき出しになる。

 だがそれも一瞬。今の光景が嘘だったかのように、男の頭部は再生した。

 変わらず、冷ややかな笑み。

 自分が化け物であることを全身で証明しながら、男は話し出す。

 男はこの話の間中も、いくども肉が削がれ、頭は爆散し、心臓はえぐられ、命が殺がれ……しかし最後には元に戻っていた。


「私は人間ではありません……なんて言う必要はまるでないでしょうが。

「フフフフフフフフ。

「私……たちは『神の申し子』。要するに、人間と神の中間の存在とでも理解してください。

「そしてあなたの体内に入った球は神が創った球。

「神が世界を創り変えるために残した、自身の力を込めた球です。

「火の神 天照アマテラス

「水の神 天降アマフラス

「土の神 天裂アマサケル

「木の神 天茂アマシゲル

「金の神 天断アマネダツ

「という名の5体の神。

「あなたのように、そして先程の羅殺さんのように、球を体内に取り込んだ人間は同族と呼ばれます。

「同族は神の力を手にし、ある自然物を自在に操れる。

「加えて、5人の同族が手を取り合えば、新しい世界を創ることができるんです。

「いえいえ、今のあなたには力が使えませんよ。

「正確には、羅殺さんが言うところの、あちらの国に入った、入ってしまったあなたにはね。

「もちろん説明してあげますよ。

「神の力が使えるのは因果応峰より北側、羅殺さんの言うところの、こちらの国ですね。

「ですから、あちらの国に足を踏み入れているあなたに、力は使えないんですよ。

「なぜか? フフフフフフ。

「それはよく分かりませんが、神の気持ちなんて知りたくもありませんが。

「だから私は、これ以上先には進むことができないんですよ。

「ええ。『神の申し子』はそれ自体が神の力の一部。何とも忌々しいことにね。

「ですから、あちらの国に入った途端、私は消滅してしまうんですよ。

「よって私があちらの国に入ることはできない。

「同様に万象さん。あなたもこちらの国に戻ることはできません。

「この狼、これまた羅殺さんが言うところの南狼は、1歩でも山に入ったものを必ず食い殺す。

「逆に言えば、南狼はこの山を離れることは絶対にありません。

「例外は羅殺さんだけ。本当に、彼はいったい何なんでしようか?

「彼さえいなければ、ここまで来るのは容易なんですが……。

「人間より上位である『神の申し子』ならば、ここまでならたどり着けます。

「今みたいに、南狼に食い殺されるのを覚悟の上ならね。

「いえ、私と唯はともかく、アイラならそんなこともありませんか。

「殺されても死なないのなら、羅殺がいても大丈夫じゃないかって?

「そうとも限らないんですよ。

「あなたも身に染みて分かったでしょうが、羅殺さんもまた、人間以上の存在。

「アイラ曰く、魔が創り出した存在ですからね。

「ん? アイラというのは私と同じ『神の申し子』ですよ。

「神と同じく、いえ、神以上に忌々しい女の名です。

「とにかく、人間ならば必ず殺されるはずの南狼に殺されない羅殺さんなら、決して殺せない私たちをも、殺せる可能性がありますからね。

「私たちが『神の申し子』なら、羅殺さんは『魔の申し子』とでも言いましょうか?

「そういえば、あなたのせいで羅殺さんは同族になって、神の力も手にしたんでしたね。

「神の力も魔の力も持つ――『魔神の申し子』。フフフフフフ。

「本当に怖ろしい。もはや彼は私たちどころか、その神や魔さえ超えているのかもしれません。

「『南の魔物』なんて、まだ生温い表現でしたねえ。魔物なんて、羅殺さんの前では可愛いものでしょう。

「それを考慮こうりょすれば万象さん。彼相手に生き残ったあなたもまた、十分に怖ろしい。

「愛されているとしか思えませんよ。

「それが神に愛されているのか、魔に愛されているのかは分かりませんが……」

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