肆
龍炎たちの村は南端の中央部に位置している。
だから西端の村と言っても、実際は北西の方向へ進むこととなる。
途中、剛覇の城がある村を経由する。最も今は剛覇もおらず、当然城へは寄らない。
その村まで1週間。そしてそこから怪々の住む村まで2日間。
計9日間をかけて、2人は西端の村に到着した。
時間を戻して道中、2人はこんな会話をしていた。
「なあ、アイラ。すでに旅立っている段階でこんなこと言うのはなんだが、お前は千里眼で見ていたんだろ? 万象と怪々さんが話したところも。それなら、どういう会話をしているのかも知っているんじゃねえか?」
「わたしをそんな便利キャラ扱いしないでくださいよ。千里眼はあくまでも、見えるのであって、見ようと思わないと見えません。そのときはまだ同族ではなかった万象さんの動きなんて、逐一見てませんよ」
「その割にはお前、俺や孫々についてかなり昔の頃から知っているよな?」
「そんなの当然じゃないですか。球が封印されていた
「そうか。親父を見てれば、俺や孫々、万象も必然的に見えるよな」
「それに、龍炎さんは隙あれば球の封印を解こうとしていましたから、2年前からは特に注目してましたよ」
「注目していたって? 俺を?」
「ええ。あなたに関しては何仕出かすか分かったもんじゃありませんから、旅先でも見ていました。それで剛覇さんのことも知っていたんですよ」
「そこまで見られていたとなると、気恥ずかしさを越えて恐怖だな……」
「わたし、知ってますよ。龍炎さんのあ~んなことやこ~んなことも」
「何!? まさか、まさかあれが知られて!! って、そんな大層な秘密はねえよ」
「ええ。本当に見ていてつまらない男でしたよ、あなたは」
「………………」
しかしそこまで見られているなら、幼馴染というのも案外ギャグでもないのかもしれない――龍炎はそんな風に思った。
「羅殺さんが5歳のときに因果応峰に来たときなんて、『こんな小さな子供が可哀想だな』と思って見てました。でも彼は死ななくて、それからずっと、片時も目を離してません」
「それなら今も見ているのか?」
「もちろん見てますよ。今は見えない万象さん以外の同族は」
「じゃあ、今その羅殺って男は何しているんだ? 孫々はちゃんと休んでるか? 剛覇は?」
「わたしはラジオじゃないんですよ。そんなリアルタイム中継なんてしません。プライバシーの侵害ですよ」
「それなら、目的の怪々さんの様子も教えてくれないのか?」
「ええ。わたしも見てませんよ。まあ、孫々さんの話だとずっと家で刀を打ち続けてるそうですから、留守ということはないでしょう」
「そう考えると、お前の千里眼って案外大したことないな。さっきまで、まるでこの国中の人間のことを把握しているみたいに思っていたけど……」
「何を言いますか。なんでもお見通し、千里眼のアイラちゃんですよ」
「まだ言うか……」
「それに強すぎたり便利すぎるキャラって、絶対制限付きますからね。もしくは出番が減らされるとか。わたしは出番が減らされるよりも、どんどん能力に規制がかかるタイプなんです」
「あまりメタ発言をしないように」
そんな会話をしながらの旅だった。
村には簡単に着いたが、怪々の家は非常に分かりにくいところにあった。
西端の村の東の外れにあるとのことだが、隣り合う村との境界が
孫々の書いた地図がなければ、(孫々は絵が上手く、その地図はかなり正確な縮尺だった)たどり着けなかっただろう。
もっともいざとなれば、アイラの千里眼で一発だが。
家の中からは音がして、明らかに中に誰かいるのだが、いくらノックしても返事はない。
仕方なく、一応断ってから、龍炎、アイラの順で戸を開けて中に入る。
中に入るとものすごい熱気を感じた。
刀を焼くための窯がいくつも燃えていて、部屋の中央には背中を丸めて座っている男が1人。
男は金槌(でいいのか?)を持ち、刀をカンカンと叩いていた。
典型的、ステレオタイプ的な刀鍛冶のイメージそのものだ。間違いなく、この男が輝々 怪々だろう。
部屋は1部屋しかなく、生活感はまったくない。
どこにも食料だったり布団だったりを仕舞う場所は見当たらない。
龍炎は怪々に向かって声をかける――が、何度呼んでも、何度呼んでも、返事は返ってこない。
――予想はしていたが、ここまでかよ、と龍炎は
おもむろに、アイラは靴(服と同じく真紅の、そして見たこともない形をした靴)を脱ぎ、中に入ると、怪々が打っている刀を破壊した。
それは餅つきの要領で、怪々の金槌(で本当にいいのかなあ?)が上がったところに、刀に触っただけ。
指先でちょんと触れただけで、刀と、それを乗せていた台と、さらにはその下の床が木端微塵になる。
――ば、爆砕点穴……。
龍炎が驚いている間に、怪々はさすがにアイラに気付いた。
物憂げにゆっくり首をアイラの方へ回す。
しかし見ていたのは顔ではなく、胸のあたり。
怪々は座高が高く、視線の高さはその辺りにあった。
つまり、怪々はアイラの顔になど興味もなく、わざわざ目玉を相手に合わせて動かす必要を感じていなかった。
「あー、誰だ? お前?」
輝々怪々はかなりの長髪で、それは生まれてから一度も髪を切っていないみたいな、尋常でない長さだった。
アイラよりも長いが、アイラとは対照的にとても汚らしい。
そして、その体は病的なまでにやせ細っていて、骨が浮き出て見える。
目の下にはくっきりとくまがあり、その
アイラ(の胸)を見ていた怪々は、背後の龍炎の気配に気づいたのか、アイラからの返事を待たずにぐるんと首を回す。
その動きはさっきと違い機敏で、しかしからくり人形のそれのようであり、とても気持ち悪かった。
180度近く首を回したその姿勢のまま、龍炎を見る。
変わらず、視線を上げることはなく、見ているのは腰の辺り。
「あー」
口を開くと、すぐに閉じる。
「誰だ? お前?」
さっきのセリフを繰り返す。
何だか随分と間延びした口調で、喉からはコヒュー、コヒューと嫌な呼吸音が聞こえる。
しゃべることが辛そうで、今にも死にそうな有様だった。
龍炎は一歩退き、心の中では千歩くらい退き、このまま逃げ帰りたい気分になったが、ぐっとこらえる。
「俺は行雲 龍炎といいます。孫々の友人です。怪々さんに聞きた……」
「そんそ、ん?」
龍炎の話を最後まで聞く気などまるでないのか、途中で遮る怪々。
そして、孫々という言葉に疑問を持っているようで、180度近く回していた首を、そのまま横に90度近く倒す。
――まさか覚えてねえのか? 今となっては自分の唯一の身内である甥を?
「あー」
首を倒したまま、怪々は言う。
「坊主、名前は?」
孫々のことはどうなったのか? それに名前はさっき言ったのだが?
しかしそんなことを言っても無駄なのは明らかで、龍炎は再び名乗った。
「行雲 龍炎です。あの、万象……」
「あー、坊主、背えー、いく、つだ?」
二度も名乗った意味もなく、名は呼ばれない。
龍炎はあきらめ、怪々の質問に答えることに専念することにした。
「178cmです」
「と、しーは?」
「14歳です」
ゆっくりとした口調に途切れ途切れにしゃべるため、非常に聞き取りにくく、その上人の話を無視し続けるのだから、龍炎は内心かなり苛立っていた。
質問を終えると、約180度後方、約90度横に倒れていた怪々の首は、一瞬でメキャというすごい音を立て、正常な位置に戻った。
それから5秒ほど静止していたかと思うと、突然ガバッと立ち上がる。
側にいるアイラを当然のごとく無視して、そのまま直進。
怪々の前には、アイラが破壊した木材やら刀の破片やらがあったが、それも気にすることはない。
裸足だった怪々の足はずたずたに切り裂かれる。
だが、その歩みに全く変化はなく、やがて部屋の奥に抜身のまま置いてある刀の山へ。(
足同様、手がずたずたになるのも構わずその刀の山に手を突っ込み、そこから一振りの刀を取り出す。
ボタボタと、怪々の手から流れる血がその刃を濡らしていた。
どうやらそれはかなりの長刀のようで、龍炎はしばしその刀に目を奪われる。
怪々はまた5秒ほど静止した後、今度は体ごと反転し、龍炎と向き合う。
立ったことで、怪々の視線は高くはなっていたが、それでも見ているところは龍炎の首あたりだ。
先程まではほとんど髪の毛しか見えていなかったが、龍炎はようやく正面から怪々を見ることができた。
龍炎はその姿を見て、恐怖を覚えながらも、同時に目を逸らせない。
龍炎が呆然としているうちに、怪々は持っていた刀をポイっと投げる。
「!!」
避けることもできただろうが、とっさに龍炎はそれを受け止める。
当然手は斬れるが、なんとか取り落すことはなかった。
怪々は龍炎の反応になどやはり何の関心もないように、コヒューと息を吐く。
「あー、それ、はー、『
「『瞬火宗刀』?」
龍炎は何とか痛みがないように、刀をつまむ形に持ち直す。
「そう。歴、代最高、の刀、鍛冶、2代目、輝々怪、々の、最高傑、作。事、実上、世界一、の、名刀に、して長、刀」
怪々はこれまでで最も長いセリフをしゃべる。
やはり途切れ途切れで、言い終わるまでにかなりの時間を要した。
龍炎はさすがにがまんが限界に達していた。
実際、怪々相手にこれだけの時間相手をしてもらえているのは、破格の待遇と言ってもよかったが、そんなことを龍炎は知る由もない。
「怪々さん! 俺はあなたに聞きたいことがあって来たんです!!」
「その刀を使いこなせるようになれば、話を聞いてやる」
さっきまでの話し方が演技だったかのように、
しかしそれはやはり無理をしたのか、直後、怪々は口から血を吐きだした。
口元を手で押さえ、元々血まみれの手をさらに血で染める。
そしてゆっくりと腕を上げ、龍炎を指差す。その指は龍炎の二の腕辺りを指していたが。
それから、血まみれの口元をゆがませて、笑う。
「坊主、坊主しかその刀は使えない。今は14歳で178cm。もっとでかくなるだろう。でかくなれ」
言って、ごふっと血を吐く。もう手で押さえはしない。
「坊主には剣才がある。ひさしぶりに見る、純粋に剣才だけがある人間だ」
言って、また血を吐く。怪々の口から下は、すべてが赤く塗り潰されていた。
龍炎は青ざめながら叫んだ。
「怪々さん! ゆっくりでいい、ゆっくりでいいですから!! それに、俺に剣才なんてありませんよ!?」
龍炎は孫々の道場に入門することはなかった。
お遊び程度にたまに剣を振ったが、稽古をしたことはない。
素人には負けないだろうが、経験者には勝てない。そんなレベルだ。
「いい、や、ある。坊、主が、真面目、に、稽古すれ、ば5年、いや、3年で、孫々よ、りも、強、くなる」
龍炎の頼みを聞いたわけではなく、ただ単に限界だったからだろう。
怪々は元の話し方に戻す。コヒューコヒューという例の呼吸音は、先程よりも大きく聞こえる。
孫々のことを覚えていたのに少なからず驚きつつ、しかしそれは当然か、と龍炎は思う。
「俺が孫々より? それも3年で?」
「そ、うだ。孫々、に、は万能、の才が、あ、るが、坊主、の剣才、は、純正、だ。他の何、で、も勝て、ない、が、剣だけは坊主が勝る」
最後の方で多少長めに話したからか、口元から血が1滴、すーっと流れる。
「そう、い……えば、この、間来、た黒……い男は、人、を支配、する、才があ……ったな。あれ、もあ、れで珍、し……い」
怪々はまた何か言ったが、話疲れたのか、これまで以上に途切れ途切れでゆっくりで、そして小さい声だったために龍炎には聞き取れなかった。
それから、首を物憂げに動かし、ずっとそこにいたアイラを見る。
いや、立ち上がれば怪々の目線はアイラの頭を越えているので、実際にはアイラの頭上を見る。
視界にアイラの頭頂部が入るか入らないか、おそらく入っていない。
「嬢、ちゃん」
「初めまして。わたし、茎怒アイラです。アイラちゃんって呼んでください」
「嬢ちゃ、んは、よー」
「アイラちゃんって呼んでください」
「嬢ちゃ、んは、よー」
アイラは
もっとも、ここで怪々が『アイラちゃん』と言うのも怖いが……。
「剣、才なん、て、全く、ねー。い、いや、嬢ち、ゃんは、人間が、造った、武器な、んか、使、えな、い。嬢、ちゃんに、とっ、てみ、れば、刀な、んて、マッチ、棒くら、い、の強度、しか、ねー、だ、ろ?」
「マッチ棒と言うか、シャープペンの芯って感じですね~」
怪々からの初めての質問に、アイラはおどけて答える。
それを聞いて怪々はやはり口元をゆがませ、血をボタボタ垂らしながら笑う。
その笑いは、さっきと違いどこか自虐的だった。
「何に、し、ろ、刀鍛、冶、にして、みり、ゃ―、一、番嫌い、な人種、だ……」
最後に、また首を物憂げに動かし、龍炎(の首)に視線を戻す。
今度の笑いは、冷やかすようなそれだった。
「坊主。この、嬢ちゃ、んは坊、主の、手に、負え、るたま、じ、ゃない、ぜ」
龍炎はちらっとアイラを窺った後、慌ててその言葉を否定した。
「何を言ってるんですか? 俺とアイラはそういう関係じゃありませんよ」
「そうですよ! 龍炎さんとの関係は遊びなんですから!!」
「そんな! 本命は孫々だったのか!?」
「いいえ。わたしの本命は龍水さんです」
「まさかのショタコン!!」
「うるせえ、うるせえ、うるせえ、うるせえ、うるせえ! 龍炎さんなんて木端微塵にしてやるぞ。あの地球人のようにな!!」
「安易なフリーザ様風ヤンデレキャラぶるな。しかも、お前なら可能だけに普通に恐怖だ」
「あの地球人のようにな!!」
「? おい、アイラ?」
「あの地球人のようにな!!」
「クリリンのことか――――!!」
そんな2人のコント(?)を見て、怪々は爆笑こそしないものの、ふっと笑い――そして。
今度は10秒くらい静止していたかと思うと、急に目をカッと見開き、両の手のひらを合わせて突き出した!
「馬鹿野郎――――!!」
同時にぶばっと、これまでで最大量の血を一気に吐き出す。
血は龍炎やアイラにまで届き、辺り一面血の海と化す。
「「う、う、う、うわぁ――――!!!!」」
龍炎とアイラはその光景のあまりの恐怖に、一目散に逃げ出した。
戸を開け放したまま外へ出て、それから村を出るまで走り続けた。
一応説明すると、怪々としては、悟空がフリーザ様に放った最後の一撃、怒りのかめはめ波に見立てて、精一杯ボケたつもりだったのだ。
しかし2人は怪々がまさかボケるとは思わず、同時にそれがあまりに怖かったため、全く伝わらなかった。
残された怪々は、最近の若い奴はあの有名シーンだけを見ていて、真面目にドラゴンボールを読んでないんだなと、そう思った。
血まみれのまま西端の村を出た行雲龍炎と茎怒アイラ。
2人がこの日のことを夢に見なくなったのは、道場へと戻ったその日だった……。
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